今日ときめいた言葉ではなく本当の話38ーインドネシアの男性が叶えたかった夢
(2023年4月15日付 朝日新聞「そよかぜ 夢を買ったワルジじいさん」半田尚子から)
(タイトル写真は、ja.wikipedia.orgより転載)
インドネシア・ジャワ州にある田舎町。そこにある「ダイハツ工業」のショールームに白くなった髪の毛も髭も伸び放題、身なりもみすぼらしい男性が現れた。
警備員は物乞いだと思いお札を差し出すと、それを断り「車を見せてもらえませんか」と言った。ショールームの男性はお金持ちが貧しい人に変装したドッキリ番組だと思い、店内に招き入れた。その日は15分ほど滞在し、パンフレットを手にして帰って行った。
およそ1週間後、その男性がまた現れ、「車を買いたい」と言い、車種や機能の説明を求めたが、購入には至らず、「妻に相談します」と言って立ち去った。
この男性の名は、ワルジさん。生業はゴミ拾い。鉄くずやペットボトルを拾い日銭を稼ぐ。長い日は10時間以上歩き回る。インドネシアでは車を持つことは「成功者」の証だそうだ。だから日常生活の中で、見た目で判断されて見下されてきたことを「車を買って、世間を見返したい」と思っていた。
妻に相談すると「若い頃からの夢でしょ。応援するよ」と賛成してくれて、自分が相続したお金を差し出してくれたそうだ。
買うなら日本車と決めていた。性能がいいのに、欧米の車よりも安く、デザインもいいからだとか。メーカーは価格と燃費の良さで決めたそうだ。もらったパンフレットは何回見返したかわからない。
新車を一括購入すると決めた日、長年貯めたお札入りの米袋と小銭の入った容器を持って家を出た。途中強盗に襲われるのを恐れ、乗り合いバスをチャーターした。
開店前だったが、従業員が集まってきた。ワルジさんが購入を決めたのは、小型ミニバン「シグラ」(上記タイトル写真)約1億7千万ルピア(約150万円) 。持ち込まれた現金は、従業員五人がかりで3時間以上かけて数えた。
日本のダイハツ工業本社から感謝の言葉が寄せられたそうだ。
ところが、ここで大きなオチがつく。ワルジさんは運転免許を持っていなかったのだ。今、車は日差しでやられないよう断熱シートと段ボール、じゅうたんに包まれて自宅前に止まっている。
ワルジさんの目標は、この車を運転し220キロ離れたふるさとに帰省することだそうだ。
なんだか、日本の昭和の話かと思うような実話だ。その頃安月給のサラリーマンは、欲しいものがあると自分の月給の何ヶ月分などと計算しては、ショーウインドーに品物がまだあるかと何度も確かめたりしていた。
車を買うなどというのは昭和もずいぶん後になってのことだろう。1960年代から1970年代ーまさに高度経済成長期、「マイカー」ブームが起きた。私の住んでいた田舎では、テレビ、洗濯機が先だった。我が家には車などなかったし、父はその後も車を持つことはなかった。
中学を出て集団就職で東京にきて、一生懸命働いて郷里に帰る。日本の昭和の話は、インドネシアのこの話と重なる。あの頃は、そうやってささやかな夢を一つずつ実現するという明るさがあった。今はたくさんのものに囲まれて、欲しいものはすぐ手に入るというのに、将来には漠然とした不安を感じてしまうのはなぜだろうか?
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