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教育とは、学ぶとは、知識そして知性とは?

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日本の学校教育このままで大丈夫でしょうか。私たちは何のために学ぶのか、知識とは、知性とは、について考えていることを書いています。
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今日ときめいた言葉37ー内館牧子さんが言われた言葉「あなた、やめないと私みたいになっちゃうわよ」

(2023年4月13日付 朝日新聞 “一語一会”「あなた、やめないと私みたいになっちゃうわよ」脚本家 内館牧子氏の記事から」) これは内館さんが会社で働き続けることに疑問を持ち始めていた時、先輩女性社員から言われた言葉だ。「根無し草になる」という怖さが先立ち、大手企業をやめて生きていくということに決心がつかずにいた時である。 内館さんは、私よりちょっと歳上だけど、ほぼ同じ世代だ。だからこの言葉を言った先輩の思いも、その時の内館さんの気持ちもよく分かる。当時の私も同じだった

「イーオット」だけど「超ドジオット」

「イーオット」この言葉は、投稿者の「ゆきものがたり」さんが彼女のパートナーを語る時の呼称である。この表記がなんとも可愛らしくて、すごく気に入ってしまいました。だから使わせていただきました。どうぞお許しを🙇‍♀️ 私の夫は、本当にいい人である。ベストパートナーであると下記の拙文にも書いたけど、ドジなのがたまにキズである。結婚前からそして結婚後もその輝かしい武勇伝は数えきれない。 結婚する時、そのことを義父から「よろしくお願いします」と言われたけど、深く考えもしなかった。が、

「子供が可愛い」と思える日が来るなんて・・・ね〜!!

独身時代も結婚してからも「子供が可愛い」なんて思ったことなかった。電車で騒いでいれば、これ見よがしにその子をにらんだし、レストランで子連れが隣にいたら席を替えてもらった。公共の場で子供を騒がせるのは親の教育がなってないからだ。そもそも連れてくるもんじゃない、なんて偉そうに。 結婚して3年後、夫と共にボルネオに赴任して、上司の秘書兼通訳として働いていた。バリバリ(?)働いていた時、妊娠した。これからと言う時に!ガーンと全てが閉ざされた思いだった。無性に悲しくて涙がこぼれた。お

教育とは日々の暮らしの中で手渡されるのだと実感した日−2023年1月1日

アメリカはまだ大晦日。年越しそばを食べているのは、長女の家族(下の2枚)と次女の家族の食卓(上の写真)。 長女のうちは、うどん。 こちらは次女のうちの食卓 年越しはお蕎麦を食べなさいと教えたわけではないけど、長いマレーシア滞在の後、日本に戻って家族5人で過ごした短い生活の中で娘たちが感じ取っていたアイディアなのだと思う。 マレーシアのインターナショナル・スクールにいた時、「子育てで大切なのは、良い教育と栄養のある食事」とアメリカ人のママとよく話した。 日本に戻った時

“ Stay hungry, Stay foolish ” (ハングリーであれ、愚かであれ)ー生きることの意味を学び直す

上記の言葉は、アップルの創業者 スティーブ・ジョブズが、2005年のスタンフォード大学での卒業式のスピーチを締めくくった言葉である。(この時ジョブズは、すでに癌に犯されており、6年後に亡くなっている) 何故かこの言葉に心揺さぶられた。これから社会に飛び立っていく若者に対して、大企業を築き上げた経営者の口から発せられた餞(はなむけ)の言葉が、実利的なものではなく、ありきたりで教訓的なものでもなく、意表をつく言葉であったからだ。 でもこの言葉には、それを受け取った者を奮い立た

私の学び直しー仕事・子育て真っただ中でも大学院で学びたかった理由

「私たちはなぜ学ぶのか」は、私の大きな関心事の一つである。最近新聞で読んだ記事の中で強く印象に残った言葉がある。文化人類学者、今福龍太氏の言葉である(2022年6月12日付 朝日新聞「いま、『知識』ではなく『知性』を」): (要約) 「役に立つ」知識=情報は、その社会に有用か否かの基準で判断され、実利的な目的のために使われ、体制に組み込まれ、それを支える力となるだけである。そのような「知識」では、人間の命や自然の摂理については学ぶことはできない。 「知」は、我々の社会を創