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無職、妻に感謝する

起業し失敗した身だから殊更に思うのかもしれないが
私は妻に大変感謝をしている。

よく家族の支えがと言われるが正直ピンときていなかった。
実際に仕事をするのは自分自身であるし、日常という面においての家族、特に妻の支えは会社員時代から素晴らしいものであった。実際、会社員時代の私は毎日7時半には出勤し週に4日ほどは午前様、挙句に土日もどちらか出勤していたのだから、妻は元より3人の子ども達にとって贔屓目に見ても理想的ではなかったと自覚をしている。にもかかわらず妻や子ども達は私を排除することなく私を家族の一員として認め尊重をしてくれていたのだから、妻の努力はよっぽどの事なのだと思っていた。ゆえに独立した後も特段の変わりがなかったと思っていたのだ。
独立をしてから妻の言動は確かに私にとって有難いことが増えた。
事あるごとに「一緒に」や「家業だから」という言動が増えてもいたし実際とても協力的だった。我が社の(もう譲ってしまったので正確には我が社ではもうないが)HPは妻の作であるし、事務所の内装やレイアウトなども率先して取り組んでくれたりもした。
そこまでして貰っておいても当時は助かるとは思いながらも妻からのサポートの形が会社員時代から変わったのだ、熱量自体が変わったのではないのだとの認識をしていた。

だが実際は違っていた。
それは順調にこなしてきた経営計画がスタッフとの意思の調整が上手くいかない事を発端に方針転換を迫られ社業の未来に暗雲が立ち始めた時だ。
豊かな未来を思う描くのが困難になり、私の心が弱り急速に冷めていく情熱を自覚し、また物事に対して斜めに受け止める事しかできなくなっていった私を救ってくれたのは妻だった。

彼女を中心に家庭内は常に笑いに満ちており、その環境はしばしば私の心を少しばかりのあいだ軽くしてくれた。
頭痛や胃痛、横っ腹の痛みで体調までも崩していく私の体を心配し労り続けてくれた。
上手くいかない苛立ちに対して共感を示しつつも解決の糸口をそれとなく伝えてくれた。
私の心の負の部分を打ち消し困難に対して戦う姿勢を維持させてくれたのは間違いなく妻だ。

病は気からという言葉がある。
東洋の神秘を心のどこかで信じている私にとってその言葉はごくごく自然に思えていたが、今回ほどそれを痛感し理解をしたことはない。

社の将来性に諦めを抱いた私は、同時に自身の精神と体調の衰弱を自覚しており、とにかくその状況からどのように脱出をするかを日々考えていた。
自分で勝手に始めておいて勝手に消耗し勝手に絶望して一目散に脱出しようと考えていたのだから笑い話にもならんと自分でも思うが、とにかく私は心身ともに疲弊し衰弱をしていた。妻にこれ以上の心配をかけまいとした私はいつしか妻の前で本音を出さないようにしていた。当時の私の本音は弱気以外の何物でもなく、私の我儘に付き合って大企業の会社員の妻から赤字零細企業の社長の妻にならざるを得なかった彼女に更なる追い打ちをかける行為にしか思えなかったからだ。しかしそれは私の格好つけでしかなかったのだと痛感する事になる。

精神的に追い詰められ食事も喉を通りにくくなり、妻にお願いをする昼食のおにぎりのサイズがこぶし半分を下回っても多く感じる頃には妻からメンタルヘルスに通うよう勧められるようになった。体重は全盛期より10kg近く落ち、自分でもいよいよ病院に通う時が来たかと自力での克服を諦めた際、記事なのか動画なのか記憶が定かではないが見聞きしたものがあった。それは愛する人との30秒のハグがストレスを軽減するといったものと、

元々私たち夫婦はどちらかが出かける際に玄関先でハグをしてから出発する、寝る前はハグをしてから寝室に向かう(午前様の生活が長く続いたせいでだいぶ前に寝床を別にされたが、考えてみるとそのレア感のおかげかもしれない)という習慣がある。私はその習慣を利用して妻に少し長くハグをして貰うようお願いをし実行した。

この方法は確実に私に良い影響を与えた。
出社の際のどんよりとした気持ちが晴れやかになる事はなくとも、心を落ち着けて駅に向かえるようになった。
夜なかなか寝付けず2時間ほどかかるようになっていた寝入りは1時間ほどに短縮されたし、多いときは4回も途中で目が覚めてしまったのが1回か2回で済むようになった。

妻とのハグの効果を一番実感したのは、いつものように5時前に目が覚めてしまったある朝方の事だ。この頃は夜中に2~3回どこかで覚めてしまうのが当たり前であり、その流れなのか5時前後に目が覚めてからは色々と考えてしまい再び寝付くことが出来ず布団の中で身体だけでも休めようと横になっているのが常だった。その日はたまたま妻が様子を見に私の部屋のドアを開け目が覚めている私を見つけると珍しく横にゴロンとしてハグをしてくれた。普段起きてくる時間までたっぷりとハグをしてくれた。どうしようもなく心が落ち着いた。本気で実行をする気は全くなかったが、仮に今死んだら会社の生命保険で会社の借入金もチャラにしたうえで会社もたためるし、住宅ローンはなくなるし、個人の生命保険でその後の生活も出来るだろうな、その方が楽なのかもな、なんてな事を考えているのがバカバカしくなるほど心がじんわりと温かくなった。繰り返すが考えただけで実行しようと思った事は一度たりともないのでそこは信じて欲しい。

とにかく私は妻のハグで心の平静をどうにか保つことが出来た。
幾つかの難所を乗り越え、どうにか事業を雇用を維持したまま譲渡する事に成功し晴れて無職になった。

無職になった私はしばらくの間ぼーっとしていた。
本来ならサッサと働け!と声を大にして妻は言いたいはずだが、少なからず精神的ダメージを負って参っている私を追い込み過ぎることなく立ち直る時間を与えてくれた。子ども達が心配し過ぎないように子ども達の前では言わないようにしているだけかと思いきや二人だけの時もそうなのだから本当にそうなのだろう。言いたい事もたくさんあるだろう。少しは話してくれたがどう考えても話してくれた量以上に様々な面で心配しているに違いない。心配が高じてなじりたくなることだってあるはずだ。
それでも私の妻はケラケラと笑い、家庭内には毎日笑いがある。

妻には感謝しかない。





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