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『被害弁償金は受け取れません。』(レンガ造りの喫茶店②)

3年前におきた少年事件の示談・謝罪のために、共犯だった元少年2人とそれぞれの元付添人(弁護士)4名で被害者が営む喫茶店を訪れた。少年院から戻ってきたら、被害弁償する、という約束をようやく果たすことができる。

「遅くなりましたが、2人が被害弁償のお金を用意してきていますので、受け取ってもらえないでしょうか」
と僕は、被害者のおばあちゃんに話をふった。

ところが、「そのお金は受け取れません」。

返答は意外なものだった。

〇 おばあちゃんとの約束
少年は、少年院から出てきて半年もたたないときに、
このおばあちゃんが被害者となったひったくり事件を起こしていた。

身寄りがなく、環境に恵まれない少年だった。
被害弁償金も用意できなかったので、とりあえず、謝罪の手紙を書かせたが、
それを送り付けるだけでは、させがに失礼な気がした。
そこで、直接、被害者のところに届けに行った。

最初は、
「年寄りを相手にこんなことをするなんて。親はどういう教育をしているのか」
「周りの人は、何も教えてくれなかったのか」
ととがめられたが、少年の境遇を聞くと
「私が直接、話をして、いろいろ教えてあげたいと思います。その子が社会に出て、会いにくるのを楽しみにしておきます。」
と言ってくれた。
少年は、少年院送致となってしまったため、謝罪は、少年院出院後に持ち越された。

〇 守られなかった約束
少年院に面会に行くと、少年は晴れ晴れとした顔をしており、将来の夢を語ってくれた。
法務教官に話を聞いても、少年院のなかでいろいろなことに意欲的に取り組んでいる様子でホッとした。
出院後は、少年審判にも出席してくれた、僕が紹介した雇用主のところで働くことになっていた。
雇用主もはるばる他県の少年院まで面会に行き、出院の際も迎えに行ってくれた。

ああ、それなのに。
出院翌日、少年は会社の寮に置き手紙を姿を消した。
そのとき、少年が何を考えていたかはわからない。
「あいつ、行くところがないから、うちに来るって話だったのに大丈夫ですかね?」
裏切られたのに怒ることもなく、少年の心配をする雇用主さんの言葉だけが救いだった。

ちょっと凹んだ。

〇 共犯の女の子

今回のひったくりの共犯として、少年よりもちょっと遅れて
少年審判を受けたのは、少年よりひとつ年下の女の子だった。

付添人にもいい弁護士がついていたおかげか、保護観察となったあとは、
無事、更生し、いまでは子どももいるらしい。

少女は、自分のやったことに区切りをつけるためにも
被害者への謝罪を強く希望していた。

実は、少女とその元付添人は、なんどか被害弁償のために
被害者のおばあちゃんに、面談を求めたらしい。

でもそのたびに、
「少年との約束があるので、その子からの謝罪を待ちます」
と断られていたそうだ。

少女の元付添人を経由して、少年の連絡先を教えてもらい、
なんとか共犯(と元付添人)そろって、
謝罪に行く機会をようやく作ることができた。

事件からすでに3年が経過していた。
少年もいまは、安定した仕事について、結婚し、子どもも生まれ、
家族のために仕事を頑張っている、ということだった。

〇 3年越しの示談
喫茶店の前で元少年らと待ち合わせ、
それぞれが被害弁償金を用意してきたことを確認してから、中へ入った。

おばあちゃんは、約束をずっと先延ばしにしてしまっていた元少年と僕を温かく迎えて入れてくれた。

元少年らが自分の言葉で謝罪を述べたあと、被害弁償金を渡そうとした。

しかし、おばあちゃんの返答は意外なものだった。
「そのお金は受け取れません。ふたりとも、子どもができたと聞きましたので、そのお金は出産のお祝いかわりに、子どもたちのために使ってください。」

・・・・・

おばあちゃんが珈琲を入れてくれている間、元少年らに対し、
「被害者の方がこんなこと、言ってくれるなんて、ふつうないんだからね。」と伝える。
が、僕が言わなくても、おばあちゃんのやさしい気持ちは元少年らに伝わっていただろう。

少年が、少年院を出た後、姿を消したときには、僕自身、ちょっと落ち込だけど、共犯の女の子、その元付添人の尽力もあって、こんな場面にたどり着けたことに感謝したい。

今度は、ひとりのお客さんとして、あの喫茶店に行こう、と思う。

※このお話は、こちら↓の話の続きです。


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