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海外脱出に失敗した人の話

どこを見てもキラキラ海外ノマド話に溢れ、日本に絶望すると軽々に「海外脱出しよう」と言いがちな世の中ですが、いかがお過ごしでしょうか。

私は海外脱出に失敗した者です。二年ほど某国に滞在し、永住権も取れそうだったのですが、結局心が折れて日本に戻ってきました。

何がいけなかったのか。

一言で言えば「HOME」が作れなかったことかなぁと思います。
安心できる場所をあの国には作れなかった。

1. 現地人の親友が作れなかった

私にもお茶する相手、楽しいスポットに一緒にお出かけする相手はいました。
でも、何かしんどいことがあったときに泣きつく相手がいないのはきつい。
そこまで自分にリソースを割いてくれる相手を異国の地で見つけられなかった。

孤独な一人暮らしで体調を崩したときのしんどさ。
そのしんどさを軽視するつもりはないですが、海外にいるとそれに加えて、一歩間違えたら人生計画が瓦解する…いう恐怖に襲われます。
「このまま体調が回復しなかったら仕事クビになってすぐに次の仕事見つからなかったら今までかけたお金と努力全部無駄にして日本に帰らなきゃいけない…」
病院のシステムも保険のシステムもよくわからんし、いくらコミュニケーションはなんとか取れるといっても母語でない言語を体調悪いときに使うのはマジきつい。

残業して帰宅が真夜中になってしまった。家までいつもはバスを使っているがバスはもう走っていない。この辺はタクシーも通らない。
日本の実家に住んでいたら電話で家族に迎えに来てもらうかもしれない。あるいは歩いて帰るか。
でもさ、海外で真夜中にバスの距離歩いて帰るのマジ怖い。最悪殺されるかもしれん。
でも自分のために車を出してくれる人なんていない。

あるいはイベントごと。感謝祭とかクリスマスとか。
みんなが家族あるいはとびきり親しい相手と過ごすときに、そういう相手がいない自分というのを痛感させられてきつい。
日本にいたころもシングル・ベルはしんどかったが、海外にいると正月もお盆もしんどくなるわけだ。

頼れる相手をどこにいてもすぐ作れるぜ! って人間以外にはハードモードでした、海外生活。

ちなみに、個人的には、「頼れる相手」は恋人じゃないほうがいいと思う。
ガチで自分にコミットしてくれて最終的にパートナーになるレベルの相手ならいいんだが、そうじゃなきゃ別れたらそれきりだからね…。
自分のその地での生存が一人の相手にかかってるって危ないし、依存的になると思う。
しかし恋人よりも親友の方が作るの難しいんだよな~とは現地で知り合った日本人みんな言ってた。
海外にいなくても、大人になるほどそうだよね。

2. 文化の違いを楽しめなかった

いえ、最初は楽しんでいたんです。
観光客気分が持続した最初の三か月ぐらいは。

まず外食が高いよね。美味しい外食は高い。
安くて旨いに溢れている日本はすごいんだと思った。

それから店が閉まるの早いよね。
仕事終わりにショッピングとか無理。

お店によるけど店員さんが無愛想。
一応私日本の某国語スクールでは「訛りない」って言われてたんだけどやっぱ訛ってるっぽくて「ハァ?」って(嫌そうな顔で/別に嫌とは思ってなくて訝しげな表情だったのかも)訊き返されること多かったしさ。

あとなんかスーパーに並んでる生鮮食品の質があんま高くない。
これは私がお金が無くて安いスーパーしか行ってなかったってのもあると思うけど。
売り場に並んでる卵は大体割れてるし、菜っ葉系はしおれてた。

どれもこれも日本の方が変なのかもしれない、日本では対価に見合わない過剰なサービスを要求しているのかもしれない。
でも心が小さく削れていった。

あとこれは私のリサーチ不足なんだけど、地方都市に行ったから車無くて回れる範囲限られてるんだよね。
車無いしお金も無いから、遊べる場所もかなり限られてきて、もう三か月ぐらいすると行くとこないわけよ。
地方都市が退屈で東京に出た人間なのに、何をしているんだ。
私がペーパードライバーじゃないか、お金のめっちゃ稼げる仕事についていたらまた違ってたのかもしれない。

3. 治安が悪かった

海外の治安が悪いってマジで治安が悪いんですよね。
新宿歌舞伎町も奥深くまで分け入れば同じくらい治安が悪いのかもしれんけど。そして日本の「治安の良さ」も表層的なもので何かを犠牲にして成り立ってるのかもしれんとは思うけど。さらに最近の事件とか見てると日本治安良いのか? みたいな感じはするけどね。

まず住んでたところの最寄り駅で友だちがハンマー持った男に追い回されたらしく、それ聞いて夜中に一人で歩いて帰るのマジ怖かった。

治安悪いところってジェントリフィケーションも進められてて(それもどうかと思うが)若い人のやってるオシャレな店も多いじゃないですか。それで行ったりしてたんですけど、サンダルで歩いてたら現地の友だちに「ジャンキーが使ったあとの注射針落ちてるかもしれんから、この辺でサンダルはやめたほうがいい」って言われた。

その辺りでは車の窓に「金目のものは車に置いてないのでガラスを割るな」って張り紙してあったな。
お店は全面鉄格子だったし。
あと盗品市場みたいのが路上で催されていた。雑多なものを道に並べてるのですぐわかる。そのあとスーツケースが道端に捨てられてるのを見て、ああ、こういう風に「仕入れてる」のかと思った。

大麻の匂いも初めて知った。独特な匂いだったのでその国に行ってすぐ気づいた(もちろん私はやったことない)。割と道歩いてると普通に匂ってくる。まぁでも大麻は国とか地域によって合法だからイコール治安悪いとは言えないかもしれない(もちろん私はやる気はない)。

道端で逮捕されて手錠嵌められてる人も初めて見た。麻薬取引じゃないかな。

カフェでは絶対に荷物を置きっぱなしにしなかった。テーブルに座ってるときも目に入るところに置いてた。リュックを椅子の背もたれに掛けてたら無くなってたっていう友だちがいたから。

別に私の住んでたところが特別に治安が悪かったわけじゃないんですけどね。
覚悟してても、こういうのって地味にストレスになるんだなと思った。

4. ゼロからのスタートを受け入れられなかった

私には人間的魅力がない、そう思ってずっと生きてきた。
ただ、履歴書だけは完璧だった。

こういう人間が一番海外に行っちゃいけねぇ。

日本で卒業した大学、日本で働いた会社、全部向こうの人間は名前も知らないわけですよ。虎の威を借れないわけです。

そしたら人間的魅力がない人間には何も残らねぇ。
下駄を履かせてもらえねぇ。

こういう人間が一番海外に行っちゃいけねぇ。

5. メンタルが弱かった

ここまで読んでくださった奇特な方は思ったでしょう。

お前のメンタルが弱すぎたのでは?

そうだと思う。
あとたぶん、強固な目標が無かったのが、どんなにしんどくてもここに居続けたいと思わなかった理由かな。
一応、仕事上の目標はあったんだけど、それって日本にいてもできるし、日本にいた方が達成しやすいんじゃない? って気づいちゃった…。

海外じゃないと達成できない目標と、孤高に耐えられる強靭なメンタル/頼れる人を作れる人間的魅力(コミュ力)があれば、海外生活はとっても楽しいと思う。

私の行った某国も、悪いところばかり書いたけど、良い国だったんですよ。
親切な人多かったし。

今でも覚えてること。
朝の通勤ラッシュの中、改札を出ようとしたらSuica的なやつを上手くタッチできなくて改札が閉まってしまった。後がつかえて焦りながらなんとか改札を出ると、後ろから声を掛けられた。私の真後ろにいたとおぼしき、サラリーマン風の男性だった。
「ああいうこと、よくあるよね。気にしないで。良い一日を!」
朝の急いでるときにこれはなかなか言えねぇよ。

結論

ここまでを読み返して、結局、私は自分の特権を使って、日本で下駄を履かせてもらって生きることを選んだ、メンタルの弱い、人間的魅力のない人間だということを露呈することになっており、正直つらい。

海外に行って学んだのは、どんな国にも良いところと悪いところがあって、良い人も悪い人もいる、という当たり前のことだったかもしれない。
海外に行くまでは「日本はクソだ! おれはもうこんなところ出て行く!」という気持ちだったので、ずいぶんフラットな見方ができるようになった。

私はたぶんこれからずっと日本に住み続けるので、この国をいろんな人の生きやすい国にするために、自分にできることをしていこうと思っている。