コロナ禍のNYで、高級レストラン料理長は、自分の店を閉じ、看護師や警官向けのコミュニティ・キッチンに変えた。
ウェブマガジンのFast Companyに連載中のRestaurant Diariesシリーズでは、食品業界に生きる人々が、コロナウィルスの時代をどう生きぬいているかを取材している。今回はニューヨークの高級レストランのオーナーで、料理人のダニエル・フムへのインタビュー。ミシュラン・ガイド三ツ星認定のレストラン11 Madison Parkが、閉店し、スタッフの全員解雇を経てコミュニティ・キッチンへと生まれ変わった経緯を語った記事を日本語訳した。インタビューはヤスミン・ガグネによる。
原文: https://tinyurl.com/ybnooyzo
(2020年4月8日掲載)
2006年にダニエル・フムの開いた11 Madison Park(※1)は、ミシュランで三ツ星を獲得し、2017年には世界最高のレストランに選ばれた。しかし、いまから3週間前、コロナウィルスがニューヨークに蔓延したため、全予約の取り消し、スタッフの解雇と、レストランの閉店を余儀なくさた。そして、いまはまったく違った顧客のための店として再出発している。医師、看護師、そして最前線にいる他の労働者のために、非営利団体のRethink Foodと提携し、フムと少数の従業員とボランティアで運営しているのだ。毎日3000食近く調理し、配達するフム氏が、高級ダイニングからコミュニティ・キッチンへの転身について、その思いを語った。
世界はあっという間に変化する。
過去にはきっと戻れない。
ダニエル・フム: 私の店は、ニューヨーク市がシャットダウンをする前日の日曜日(3月15日)まで営業していました。今思うと一晩ですべてが変わったような感じがします。その前の週、ヨーロッパに出向いて料理を披露するイベントがキャンセルになったので、そろそろ米国でも何かあるだろうという気はしていたんです。でもシャットダウンの前夜も、店は満席でした。
飲食業界は今がけっぷちです。私の店は予約制で、予約金をいただいていました。閉店した最初の週に、返金の電話応対に追われてはじめて、何百万ドルの損失かに気づいたのです。
はじめのうちは、もう少し楽観的でした。店の従業員のうち、主要メンバーを残し、あとで他のスタッフを再雇用できると見込んでいたのです。でも自分で帳簿をつけると、収入がないときに、その給与形態のままでは立て直せないとわかりました。結局数人を一時解雇し、その10日後には全員解雇に踏み切らざるを得ませんでした。
スタッフの反応は人それぞれでした。この状況をすぐに理解してくれた人もいれば、宅配サービスや、他の選択肢を提案する人もいました。宅配は、安全性が気がかりです。チームの中でも他を引っ張ってきた統率力のあるメンバーは、働くこと自体が自分の家族を危険に晒すと懸念していたのです。とりあえず限られた中で、いまできることをしています。その点を共有はしましたが、全員が理解してくれていたらいいと、祈るばかりです。
いま他のレストラン数店と協力して基金を設立し、なんとか従業員達の支援ができないものかと努力をしています。その一つはオークションで、コロナ収束後のディナーなどの予約をしてもらい、25万ドルの収益が出ました。それでも焼け石に水(11 Madison Parkには175人が働いていた)です。政府は今何百万人もの労働者を支援しなければいけません。私たちのところでも労働ビザで働いていた外国人スタッフがいましたが、彼らの場合は失業手当を得ることができません。
今を生きぬくのは、
新しい世界から見えることを理解するため。
高級料理店とは一体なんでしょうか。「ぜいたく」が意味することもわかりません。私たちの店は世界中から旅行で訪れるお客様のおかげで成り立ってきましたが、今から半年以内に、一体誰が旅をするのでしょうか?
自分はクリエイティブな人間として、希望の光を見ようとします。こんな状況にも何か美があると考えたい。まだ確信はできませんが、それが私の望みです。私にはニューヨークよりほかに行きたい場所がありません。この街は私にたくさんのものを与えてくれた。今を生き抜くことで、これから来たるべき新しい世界を理解する準備もできると思うのです。現状は最悪です。人々はまいにち死んでいく。それでも、そこから私たちはなにかを学ぶことができると考えたいです。
飲食業は素晴らしい産業で、ホスピタリティや、人に与えるということが基本です。店を閉店した後、静かな時間を見つけては、自転車で町を巡って自問しました。「いまここで何をできるか?なにか人に与えられるか」 と。そこで目に浮かんだのは、ピカピカに清潔な自分の台所と、いままで築き上げてきた仕入先とのつながりです。そして、私は食事を準備することもできる。同窓生の一人がRethink Food(※3)の創設者だったので、「もし寄付金集めと調理をしたら、配達をお願いしてもいいか」と尋ねました。私も役員だったので、話はすすみ、一週間後にはAmerican Expressの支援を受けてシステムを作れました。そこから11 Madisonをコミュニティ・キッチンに生まれ変わらせたのです。
私の選択は正しかったかどうか、今も悩んでいます。みんなに「頭おかしいんじゃないか?みんな家の外に出られないし、人はどんどん死んでるんだぞ」と言われました。
いま何をすればいいかは、誰にもわかりません。コミュニティー・キッチンの準備段階で、海軍のキッチンを視察しに行く日に、友人で料理人のフロイド・カルドス(※)が亡くなったことを知りました。とてもショックでした。そのときに心の慰めになったのが、海軍のキッチンで人々が台所仕事をする姿です。
キッチンでは安全が最優先です。20人(最低賃金で再雇用されたボランティアや元従業員)の小編成ですが、レストランには入り口が一つしかありません。来たらみんな手を洗って手袋をし、体温も測ります。高ければ作業はさせません。
このコミュニティ・キッチンを通じて、農家と小売や配送業も支えたいのです。野菜、デンプン、タンパク質のバランスの良い、大人が食べるのに充分な量のものを、毎日約3000食作っています。味もいいですよ。今日のメニューは、クスクスとニンジン、チキンレッグで、この食事を病院や老人ホーム、警察署に届けています。
私にできることは小さなこと。他の人達も同じようにすれば、みんなで食べていけますが、いま今すぐ動き回るべきではないという判断も理解しています。様々なアイデアに優劣や善悪の判断をつけるつもりはありません。私は自分が正しいと思うことをしているだけです。
※1 11 Madison Parkの閉店より前の様子(同じくFast Companyによる取材)
同じく閉店前のメニュー↓
※ Paowalla and Tablaのオーナーで料理人。
https://ny.eater.com/2020/3/25/21194394/floyd-cardoz-obituary-tabla-indian-american-nyc-restaurants-coronavirus
※3 Rethink Food: ニューヨークで設立されたNPO法人で、貧困層や、現在はエッセンシャルワーカーへの食事配給サービスをしている
https://www.rethinkfood.nyc/
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