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負けたくない精神が人を学びへと導く

私は、自分が提案した資料について、説明を求められた際、堂々と説明することができなかった。
自分が作った資料にもかかわらず、自信が持てない。
その時、私はものすごく悔しく、今にも逃げ出したくなった。
しかし、自分がもっとしっかり準備し、知識を付けていれば、回避できたのではないか。
これは、自分の準備不足、知識不足が招いた結果だ。
そうとなれば、このまま引き下がるのはなんだか負けた感じがした。
私も、相手と対等に話ができるようになりたい。

そこから、私は一から自分の知識を見直した。
自分に必要な知識、または必要な考え方。
物事をどの視点から見ることが大切なのか。
色々と考えていくうちに、
自分には、根拠のある自信が必要なのだと分かった。
そして、客観的に自分自身を見なくてはいけない。

今までは、なんで私の資料を理解してくれないの!と思っていたが、それではダメだ。
主観的判断に頼っていては、相手に認められるなんてことあり得ない。
相手が求める内容に応えられるようなスキルを身につけなくてはいけない。
自分の価値は、自分ではなく、第三者によって決められるのであるから。

私は、そう感じて色々と学んでいくうちに、
毎日がすごく楽しくなった。
行動一つにおいても、考え意図のある行動が増えた。

正直私は、自分の弱さを認めるのにすごく時間がかかった。
認めるのが怖く、逃げてしまいたくなるからだ。
また、ふとした瞬間に、あの時の不安が蘇ってくることもあった。
それでも、弱さを認め、学び直そうと思えたのは、
このまま逃げて何も残らず、また同じ経験をしたくないと思ったからだ。

そして、知識という武器を身に着けることで、
周りへの理解が深まった。
頑張った先には、何か面白いことが待っているのではないか。
そんな期待をしながらする勉強は、楽しい。

決して、ここで頑張った努力が必ず報われるというわけではないと思う。
しかし、何も考えず、淡々と過ごす日々に比べたら、
今のような楽しさを感じられることもなかっただろう。
報われるために努力するのではなく、
毎日を楽しんでたら自然とそれが、自分のスキルへとなっていた。
それくらい軽い気持ちでいいのではないか。
どん底まで落ちたからこそ、そう思えるのだろう。

私の高校時代の先生が今の私を見たら、大笑いするであろう。
なんせ、模試では最下位、テストはいつも赤点。
でも、こんな私でも学びたいと思う時が来た。
負けたくない、これはどんな感情よりも強く、
人を成長へと導いてくれる。

だから、私は、これからも自分を見つめ直し、
新たな知識を身に着けていく。
もう、悔しい思いをしないために。
そして、負けないために。

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