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キツネとタヌキ

キツネとタヌキ、その正体

キツネ:「哺乳網食肉目(ネコ目)イヌ科イヌ亜種」体長約52cm〜80cm、体重は約5kg前後。雑食で夜行性。行動範囲は半径2kmから7km。

タヌキ:「哺乳網食肉目(ネコ目)イヌ科タヌキ属」体長約50cm〜80cm、体重は約3.6〜6kg。秋には6〜10kgになることもある。雑食。夜行性である。(体長・体重は「世界の動物 分類と飼育2 食肉目」東京動物園協会による)

と、両者の基本的な情報をまず書いたが、生物学的な話をしようとは更々思っていない。むしろくだけ切った話題をご提供しようと考えているのだが、まずは両者への敬意を込めて正確な情報をご紹介したのである。

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キツネが怖がられるワケ

キツネとタヌキをめぐっては古くから様々な逸話が残っているが、その第一に挙げられるのが、両者とも人を騙す〜化かす〜言い伝えが多いということだろう。しかしながらその容貌・身のこなし・それら総和のイメージとして、両者には随分な隔たりがあるように思う。

まずキツネ。

これは「キツネ火」「キツネき」「キツネの嫁入り」などの言葉が表すように、不気味さ、陰気な雰囲気が漂う。

陰陽五行おんみょうごぎょうの影響か、陰気のケモノとされていて「おさん狐」や落語「王子の狐」(東京都北区王子には古くからキツネにまつわる言い伝えがある)のように女に化けることが多い妖怪だという。

そして容貌も目がつり上がり、きつい。悪く言えばずる賢いイメージ、グリコ・森永事件に現れた「キツネ目の男」である。また〝化かす〟こと自体が、単なるいたずら的なものとは少し違い、人間にとって喜ばしからぬ状態を起こす妖怪という印象が拭えない。

「キツネ憑き」などはその最たるものであろう。

これは日本に密教が伝えられた後、祈祷・護摩という密教僧の法力を以って対応するために、精神的な異常はキツネの仕業しわざであるとされていたり、逆にキツネの霊を使って呪術を行うということが影響したようだ。

これらのことから妖怪としてのイメージが民衆に浸透していったのであろうう。

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キツネにもれなく油揚げ

しかしキツネの名誉にかけて多少のフォローをしておくことも、今後、化かされないためにも必要である。

キツネが油揚げを好む、或いは、稲荷神社にまつられる、という事はキツネが実は益獣であったことに由来する。稲作農家にとってネズミは大敵だ。

ネズミの天敵はキツネであるため、田の近くにほこらなどをしつらえ、油物を置いてキツネを餌付けして、ネズミの害を防いでいたのである。

稲の刈り取り時期になり、ネズミの害が出始める頃は、キツネが冬に備えて脂分を求める時期に重なる。その餌付けの為の油物がのちに〝油揚げ〟に定着したようだ。

稲荷神社の狐様にお供えするのは油揚げ。油揚げでお米(酢飯)を包んであるのはおいなりさん。この関連は深い。

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インドからやってきたキツネ??

このようにキツネは田を守る農耕の神、として信仰され豊作のシンボルともされていたのである。稲荷神社が本来、農耕神であったことも大いに関係している。

インドのヒンドゥ教の神であり白狐の菩薩と言われる〝ダーキニー(茶枳尼だきに)〟が仏教に取り込まれ、さらに日本に伝えられてから、稲荷社にまつられている元々の日本の神の〝お使い〟が茶枳尼 だきにとされた。

そのためにキツネは稲荷神社に神のお使いとしてまつられる事になったのである。まことに美々しい履歴である。

また獲物によって狩猟方法を変えるなど、生き物としてなかなかの知恵を持っているということも「賢い」から「ずる賢い」へと誤解されていくことになったのかもしれない。キツネとしてはさぞ本意ではなかろう。

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タヌキの悲劇?

さて今度はタヌキである。

どうもタヌキというとキツネに反して、その関連する言葉には「タヌキ寝入り」だの「タヌキおやじ」だの「タヌキ顔」だのと、印象として締まらないものが多い。

しかしタヌキも人に恐れられるような、時には人間を喰ってしまう妖怪として一時代を築いていた過去もあったのである。

『御伽草子』の「かちかち山」前半では、おばあさんを騙して殺し、おじいさんに〝婆汁〟を食べさせる、などという恐ろしい罪を犯していたのである。

言語道断の非道であるが、悪の栄えた試しなし、で最後はウサギに散々らしめられた上、泥舟に乗せられ、溺れ死んでしまうのだが、それら過去の罪業のせいか、近世になってはなんとも間抜けなイメージを定着させることになってしまった。

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タヌキの喜劇?

しかしそれと共に、人々に親しまれる存在にもなっている事は否めない。

街中で、特に飲食店の店先に鎮座まします信楽しがらき焼のタヌキの置物は、誰しも一度は目にしたことがあると思う。これは「他を抜く」(他抜き)という言葉に掛けた縁起物として広まったものだ。

また、品行方正を旨とする私にはとても全文をご紹介する事は出来かねるが、かの「たんたんたぬきの・・・」という歌は、昭和12年頃の歌謡曲『タバコやの娘』の替え歌であり、さらにこれはメロディの一部が賛美歌『Shall we gather at the river?』からの流用だとされている。

敬虔なるクリスチャンの方々はこの賛美歌の、その一部が、よもや「たんたんたぬきの・・・」と歌われているとは思いもせずに歌われていることだろう。

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知らぬが〝ほとけ〟の・・・

話はれるが奈良の東大寺は華厳けごん宗の寺院である。が、空海が東大寺別当(長官にあたる)に任命されると、空海が学んだ密教の要素も取り入れられた。

その一つとして、本来の華厳けごんのお経ではなく、密教経典である『理趣経りしゅきょう』を大仏様の前で読誦どくじゅするということ。これは現在にまで引き継がれているようだ。

この「理趣経りしゅきょう」、内容としては、男女の愛欲についての情景と賛美とが長々と続くのである。毎日毎日、大仏様はそれを聞いていた事になるし、お経を聴く者もただありがたいお経であると神妙に聴いていたであろう。

「たんたんたぬき」とは一見、全く関連のないような事であるが(確かに関連はないのだが)、こういう何というか、食い違いというか、思ってもみない展開というかは往々にして起こることがある。

特に神聖を旨としているであろう部分や場所においてこのようなことが起こるという事に、部外者の私としてはなんとも言えないおかしみを感じてしまう。

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キツネとタヌキの化かし合い

さて、タヌキに戻ろう。

生物としてのタヌキは実に臆病な性質を持っている。ハンターの銃声を聞くと銃弾が当たっていなくてもその音に驚いて気絶する。

そこから「タヌキ寝入り」という言葉が生まれたと言われているが、これは本当のことかも知れないし、眉唾まゆつばものかも知れない。

近世に至り、一気に庶民的に親しまれる対象となったタヌキはついに腹づつみまで打たされることとなり、平成に至っては「狸合戦」までさせられる羽目になるのである。まことに愛すべき存在である。

人の世にもキツネ型とタヌキ型とがあるようだ。そして意識する・しないを問わず、また善意・悪意を問わず、生きることとは、人と人とが常に化かし合いを演じていることなのではないだろうか。

さてさてキツネとタヌキの化かし合い、どうなることやら・・・。 

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文責・写真 : 大橋 恵伊子