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【物語】夜を超えて #1

 2時。長針と短針の長さの差が絶妙なせいで、0字10分なのか、はたまた2時きっかりなのか頭の中が混乱した。でも、正確な時刻は2時。壁掛け時計の針は分かりやすいほどの長さだったから。ちなみに、午前なのか午後なのか定かじゃない。今から約300年程前、衝突の衝撃で爆発した隕石の破片が光源惑星に突き刺さって粉々に破壊されてからというもの、辺りは一面暗闇になってしまった。そんな話を物心ついた頃、周りの大人たちに聞かされて、「明るい世界」ってどんな感じだろう?と想像したことを覚えている。夜だけが顔をのぞかせる世界に最初は皆戸惑っていたけど、今はへっちゃらになった人たちばかり。
 私が生まれ育った惑星・ミラージュは分かりやすい言葉で形容するならば、近代都市みたいなもの。高層ビルや巨大なタワー、店、家々はネオンで溢れている。光源惑星粉砕の出来事が起きてからというもの、政府組織・ゲルヴェナは光戻化(こうれいか)政策なんていうバカげた事業を掲げて、そこら中に人工光物を設置した。いつでもどんなときも電飾で光を煌々と照らしておこう、という意図がこの政策には隠されている。だけどそんな輝きで満ちた世界は、私たちにとって遠い存在にしかすぎない。手を伸ばしても、さらわれてしまう程脆くて儚い存在…。

「そういえば、黒パンとトマト缶ある?」
おもむろに食料庫の取っ手をガチャガチャ開けて、デイジーに訊いた。
「あるよ。何、また失敗したの?あれ程コツを教えたのに」
コツ、というのは地上街の店からいかに効率良くモノをかすめ取るかの方法、っていうことを指す。未だに私は盗みをすることに抵抗がある。そうしなきゃ生きていけないし、盗むことで私たちは食い繋いできた。でも、やっぱり罪悪感は拭えない。何度やっても。
「仕方ないじゃん、まだまだひよっこだと思って少しは甘やかしてよ」
テキトーに手に取った代物はトマト缶じゃなくてクリーム缶だった。仕方ない。今はこれで我慢しないと。
「クレーシアは本当に子供だなぁ。今年いくつになったんだっけ?」
そう言うなり、デイジーはハッとしてバツが悪そうな顔でうつむいた。誕生日当日、また一人ペルジーダが死んじゃったから。私が15歳の歳を迎えたと同時にあの子は天国に行っちゃった。まだ、小さくて柔らかい手を包んだときの感触を覚えている。思い出さないようにしていても、フラッシュバックは唐突にやって来る。
「…ごめん。嫌なこと思い出させた」
「良いよ。悪気があって、わざと言ったわけじゃないでしょう?」
食料庫の戸棚を閉めて、私は彼女を慰めた。黒パンをちぎり、クリーム缶のソースに浸して腹を満たす。もぐもぐと口を動かしながら、デイジーに笑顔を向ける。正直に言うと、何とも思ってない訳じゃない。平気、大丈夫 と言い切れる程私の心は鉄みたいに頑丈じゃない。でも、乗り越えないとやっていけないから、気にしないフリをする。
「...いつになったらこんな生活とおさらばできるんだろうね」
「さあね、それは誰にも分からないよ。現実を直視すると心が壊れそうだよ、私は」
「はは、現実逃避って訳か。現実直視はキツいもんな」
デイジーは皿洗いをしながら自分の額にそっと手を乗せた。そこには、Ωのマークが濃く印字されている。誰にも聞こえないような小さいため息をつきながら。
 私たちは「ペルジーダ」と呼ばれる集団。政府から非正規民であると烙印を押された、いわば平民以下の存在。今はもう誰も使っていない地下街で生活を営んでいる。ミラージュは地下街と地上街に分かれた土地構造をしていて、私たちペルジーダは地下街に暮らさざるを得なくなった。ある時を境に、住む世界が隔てられた。何故こんなことになったかって?それを今から説明しよう。

 惑星・ミラージュは純血民と混血民(移民のような存在と考えてくれれば分かりやすいと思う)で成り立つ平穏な国だった。純血民はルミア、混血民はスカマという。ルミアは緋色の髪と目をしている民族。スカマは紺色の髪と目をしている。
 2つの民族は互いに友好的にミラージュで暮らしていた。しかしある日、スカマの男子学生5人組がルミアの銀行で強盗事件を起こした。盗まれた額はなんと5億ジスト(1ジストが日本円にして1円)。幸い死者は出なかったけど、多数の銀行員が重傷を負った。
 ミラージュ中央にあるダンジョンに住むゲルヴェナの高官たちは、まあ当たり前だけど大激怒。面倒ごと、厄介ごとがとにかく嫌いな彼らは、未使用の地下街に私たちスカマを一人残らず強制的に住まわせた。ルミアたちも私たちスカマを憎んでる。それ以来、私たちはスカマ じゃなくて「ペルジーダ」って呼ばれるようになった。「ペルジーダ」がどんな意味なのか分からないけど、憎悪を込めた蔑称であることは確か。
 それだけじゃなくて、ゲルヴェナはわたし達の額にΩの烙印を押した。昔ミラージュの民が使っていた文字の最尾字Ωに線を引いたもの。「お前たちは、最後の文字よりも下劣で醜い生き物なんだ」っていう戒めを込めて奴らが押した、最低な烙印。

 この地下街は、地上街とは天と地程に違う。まず、一つも人工光物がない。ネオンだったりブルーライトだったりのピカピカした輝きはどこへやら。地下だから光がないと生活はできない。だから、多少の電灯とかランプは支給された。それでも少な過ぎる。地域によっては闇しかなくて、とても住めやしないっていう場所もある。あと、スカマはルミアが住む地上街に出向くことは禁止されている。要するに、住む世界が完全に隔てられてしまったって訳。
 あと、支給される食べ物の数はルミアの半分程しかない。飢えの苦しみから逃れるため、私たちはネルジェ(覆い布)をかけて人の目を避けながら地上階へ赴く。電飾の光が自分たちの正体を暴いてしまうかも、とビクビクしながら。ルミアによってゲルヴェナに密告されてしまうんじゃないかと肩を小さくしながら。
 ここで、「スカマだけがネルジェをかけていたら、簡単にルミアにバレそうだけど?」って疑問に思う人がいるかもしれない。でもね、そう簡単にバレる訳じゃないんだ。光戻化(こうれいか)政策によって健康問題が浮上し、人工光物の発光を浴び続けたルミアに著しい視力低下と皮膚の変色が見られたんだ。美しい髪の毛色も色あせる報告もなされて、ゲルヴェナは即座に目元と髪、皮膚を覆うネルジェを配布し、対応に追われた。元々私たちスカマは身を隠すために独自でネルジェを作っていた。追加で額を覆うネルジェも必要にはなったけど、でもそんなのどうってことない。また地上街に行けるようになったんだから。
「そういえばさ、もうすぐ来陽祭だね」
おもむろにデイジーが呟いた。
「ああ、そういえばもうそんな時期か」
「今年は一体どの連中が優勝するんだろうね」
「まぁ、私だったらリドットかセフィーロの二択だね」
「ふーん、じゃあしかと結果を見届けるしよ…」
デイジーがそう言うや否や、扉のノックオンがけたたましく響いた。この叩き方は、隣の家のノヴァかな?
「ちょっと良いかい?大変な事態だよ!」
勢いよく扉を開けたノヴァの手には、丸められた新聞記事が握られている。さすが、新聞配達員。つかつかとカウンター席に近づいて、ノヴァは勢いよく記事を広げた。手汗をかいていたのか、うっすらと紙面が濡れている。
「『ダンジョンのマスターであるハサティ・ターバ氏が何者かの手によって昏睡状態に!!今年の来陽祭やいかに?!』だってさ!それだけじゃないよ。記事の下の所に、ルミアとペルジーダから10代の若者全てを直ちにダンジョンに召集せよ』っていうお触れまででてるんだ。クレーシア、今からダンジョンに行くんだ。さもないと、ゲルヴェナからどんなひどい目に合わされるか...」
「え、ちょっと待って、『10代の若者』って…!私しかペルジーダの中にいないじゃない。ダンジョンまでに行かなきゃいけないの?私が?!」
慌てふためく私とノヴァをよそに、冷静に記事を読んでいたデイジーが声を上げる。彼女の顔は紅潮して、肩もふるえていた。
「何これ!クレーシア、今すぐにダンジョンに行きなさい。あなたが私たちペルジーダの光となるかもしれないの!!早く」
私は即座に出口に追いやられ、訳も分からないまま、ダンジョンに向かった。

3387字
ー第2話へ続くー

 

 

 



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