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レジ横の飴玉

子どもに戻りたいと思った時、前髪をちょっと短めに切る。

毎日ひたすら同じことを繰り返す退屈な人生に飽き飽きして、なにか楽しいことができたらいいのに!もっと輝いて生きられればいいのに!と思ったとき、前髪を短くすると、ちょっと幼い頃の無邪気さに戻れる気がする。あ、もっと好き勝手生きていいんだな、と思えてくる。



20歳前後の頃、はやく大人になりたくてしかたなかった。似合わない服装や化粧をして、飲み慣れない酒を飲んで、行き慣れない場所に行き、とにかくちょっとでも早く大人になりたかった。

大人になれば、もっと世界は広がるし、「大丈夫」なことも増えるし、楽しいことが溢れてると思っていた。

けど、背伸びして頑張っているとどんどん自分が自分じゃなくなっていく。自分らしい無邪気な気持ちが消えていって、なにも楽しめなくなってくる。そうしてだんだんと「社会」が見えてきて、辛いことや暗い部分が見えてきた頃から、逆に子どもに戻りたいと思うようになった。

いくら大人になっても、ドラえもんに会いたいし、クレヨンしんちゃんは面白いし、プリキュアになりたい。
転んだら痛いし、怒鳴られたら怖いし、裏切られたら傷つく。「大丈夫」じゃないことは全然大丈夫じゃない。

だからもう、このまま子どもに戻ってしまいたい。



この前、母親と2人で近所の蕎麦屋に行った。お店のおばちゃんは、私にだけ蕎麦茶ではなくお水を出した。あれ?と不思議に思ったけれど、熱いお茶は苦手だから、ゴクゴク飲めるお水の方が嬉しい。

秋にしては暑い日だったので、冷たい「なめこおろしそば」を注文すると、おばちゃんは心配そうに「辛くないかな?大丈夫かな?」と何度も言う。いやいや、こちとらもう24歳だぞ、割と立派に毎日働いてお金も稼いでるぞ、大根おろしごときで負けてたまるか、と思いながら一口目。見事に敗北した。辛い。めっちゃ辛い。けど心配してくれたおばちゃんの目もあるから大騒ぎもできなくて、ひたすら冷や汗をかきながらどうにか蕎麦を流し込む。最終的に舌の感覚がなくなって、蕎麦湯の味がしないくらい辛かった。

帰り際、レジで「辛くなかった?」と声をかけてくれたおばちゃんに「大丈夫でした〜」と嘘をついた私は、正直レジ横にある飴玉にしか目がいかなかった。私のビリビリが止まらない舌は、甘い飴が欲しくて欲しくてたまらなかった。けどおばちゃんは飴玉をくれなかった。私から「ください!」と言うこともできなかった。

子どものように素直に「辛かった!」と言えれば、もうちょっと私が子どもだったら、あの飴は貰えたのだろうか。

飴はくれなかったけど、おばちゃんが私をほんのちょっとだけ子ども扱いしてくれたのが妙に嬉しくて、数週間経った今も思い出してニヤニヤしてしまう。



見た目は大人、頭脳も大人。けど、私の心の真ん中の部分には、子どもな私がこれからも居座り続けていてほしい。いつまでも、無邪気で、正直で、時に頑固で、素直な私でいたい。

だから今日も、前髪を切りすぎてしまう。

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