差し上げたのに掲出する

ひろくんのわんわん


夏に生まれたひろくんは、さいきんけっこう泣きがひどい。
冬は寒いからいやなのかな。
そんなとき、あたしは毛先を差し出す。
長いじまんのみつあみの先。
きゃっきゃ笑って喜んでくれる。
よだれべとべとつくけれど、ひろくんが笑ってくれるほうがうれしいから、許す。

ひろくんはちょっとだけしゃべる。
まーと、とーと、わんわんだけ。
まーはまま。
とーはとーたん。
(うちでは和風と洋風の親呼びが混ざっているのです)
そしてわんわんは、四つ足ならばみなわんわん。
ぬいぐるみも、隣のゴンも、おむかいのミンネも馬もらくだもライオンも。
テーブルもいすもきゃたつすら、開いてるときはわんわん。
生きてるも生きてないも関係ないらしい。
じゃあこれは?
とーがおんまになって背に乗せた。
ひろくんは最初、

とー

って言って、次に、

わんわん

って言って、困った顔して泣き出したのだった。


そんなこんなのある日。
学校引けて帰る道すがら、まー、じゃねえ、ままが辻田さんのママさんと、二丁目の角でだべってるのみかけた。
エコバッグはたたんだまま。
つまりままは“これから”おつかいにいくんだわ。
ほんとままってしょーがない。

うちにつく。
なんか変。
しげさんがいないし、なんだろう、何だろう、あたしちょっとだけどきどき。
二階に上がる。
あたしの部屋。
カバン投げ込む。
お向かいのドア。
ひろ?
扉をあけて、そっと入る。
静かだ。
寝息。
ベビーベッドに近づく。
寝てる。
良かっ…

息荒い。
ほっぺ真っ赤だ。
まま!

三階に上がって外を見る。
二丁目の角にままたちいない。
もうマーケットか。
携帯!
置いてってる。
ママはマーケットいくときは携帯持ってかないんだ。
しげさんは娘さんとこだ。
今日と明日、休みだ。
救急車、呼ぶ?
とー呼ぶ?
どうする、どうする、あたし??

とりあえず、二階にもどって。
ベビーベッド覗き込んで。
ああ。
何も思いつかない。
ひろ。
ひろ。
ほら。みつあみだよ!

垂らしたら、押しのけた。
お気にのぬいぐるみ。
投げた。
ひろは、ひろは、いつものひろじゃない!!

ほ乳瓶に白湯入れて、水分補給。
でもそれだけじゃだめ。
あっためて、汗かかせて、それから…


窓外に、
それがいて、
腕を伸ばせば届きそう。
でもそんなに、あたし仲良くない。
でもきょうは、あたしに抱き取られてよ。
お願い………


おつかいからもどったままと、娘さんとこからもどったしげさんに揺り起こされた。
あたし、寝てた?
ああ熱っぽい。
うつったか。
くうう。
病人二人か。
ままごめん…

よく頑張ったね

嬢ちゃま、大丈夫ですか?

おとなの視線が目にいたい。
こどものできる看護なんてたかがしれてる。

そんなことない。
まりががんばってくれたから、ひろ、もう大丈夫。

ほんと?

ほんとですよ嬢ちゃま。
坊ちゃまはほら、こんなに穏やかに眠ってらっしゃいます。

ベビーベッドを覗き込む。
そこにはすやすやのひろがいた。
その小さな手が抱え込んでるのはミンネ、うちの二階の小屋根で寝るのが大好きな、おむかいのうちのショートタビー。
わんわんの力はやっぱ偉大なのだった。



2021年2月6日(土)光彩子さんにプレゼントしたものです

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