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義母の告白


去年のある日突然、

「ちょっと、話があるねん」

と義母が言いだした。


還暦を過ぎた姑が、突然話がある、これはただごとではない。


もうこれは再婚の話しかないのではないか!(義母は離婚している)

見た目が若く、大変フットワークの軽い義母なので、十分あり得る話である。
(相手は?年上?いやまて、30くらい年下を義母は選ぶかもしれない!ということは、わたしとそんなに歳が変わらないかもしれない!どんな男?どこで知り合った?どんな経緯で??)

そんな妄想が数十秒の間に、わたしの脳内にかけめぐり、唾をごっくんのみこんで、
「え?何の話ですか?まさか、、」と、つぶやいた途端、義母は満面の笑みでこう言った。



「車、変えましてん。なににしたと思う??」

よくわからないが、義母の周りにお花畑が咲いてるように見えた。


「え?車?さあ、、アウディですか?乗りたい言うてましたもんね」

義母はにっこり笑って、

「ベンツ」と答えた。


そういうわけで長年秘めていた願望を実現した義母は、ぴかぴかのシルバーのベンツを楽しそうに乗り回している。

「いつでも乗ってくれたらいいし」と意気揚々という義母に、「はあ」と軽く答えたまま、月日は流れていた。


つい先日、義母が我が家に来た際に、ふと思いついて「運転してみていいですか?」と告げると、義母は「ああ、いいよ〜」と言いながら、慌てふためいた。
「気いつけてな。あんたこれ、ベンツやで」というバイブレーションが如実に出ている。そんなバイブスをさらっと受け止め、家の周りを一周してみた。

革のシート、ゆったりとした乗り心地、車内の静けさ、さすがベンツやなと思いながら、ついでに外出する夫を駅まで送った。

ふと助手席に座っている夫を見ると、黒のスーツ(友人の告別式参列のため)、モヒカン、グラサン姿である。おまけにガタイがしっかりしてる上に(元ラガーマン)、髭をたくわえた人相。

スターのSP?メンインブラック?もしくは、その筋の人にしか見えない。

しかも、こういう時に限って、ベンツに乗っている。なんでこんな時に限ってベンツ運転したいなんて言ってしまったんだろうか、と完全に後悔しつつ、いつになくスカした表情の夫を駅まで送り、家路についた。



翌朝、「葬式にスーツじゃないラフなスタイルで来る人ってありえんなー」という、随分まともなことを夫がぼやいていたので、一瞬目を見張った。


黒スーツにモヒカンにグラサン姿は、十分まともではない。


2018.6.5『もそっと笑う女』より

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