ずっこけ盆踊り放浪記③


えいやっと輪の中に身を放り込んだ。
輪の内側で踊ってる人たちは「踊れる人たち」なので、とにかくその人たちの踊りを夢中で真似する。
後から気づいたのだが、初心者は大体外側の円で様子を伺いながら、控えめに踊ることが多い。自分ももちろん郡上おどりの初心者の一人である。
なのに、この日は堂々と内側に陣取って踊り出してしまった。気持ちが大分浮ついていたのかもしれない。
輪の中で明らかに浮いているので、上級者の方たちがポツポツと声をかけてくれる状況が起った。
全く踊れなくても堂々としていることは大切である。適当に気楽に楽しく笑っていればいいし、難しい顔で踊る必要もないのである。


そのうちなんとなく踊れるようになって気分もよくなって、「初めてなのになんでそんなに踊れるんですか!」と慣れたお姉さんに褒められ、鼻の穴を膨らませ、俄然気分もノッてくる。ふと輪の外に目を向けると、グラサン越しに夫が動画を撮影してくれていた。ちなみに夫は一度も踊ってはいない。

どんどん調子に乗り始めた頃、隣にすうっとあるおじさんが寄ってきた。
「前、後ろ、左、右・・」

ご指導が始まったのである。
踊りの初心者の時、どこからともなく上級者の方が近くに寄ってきて、指導をしてくれることが多々ある。出来てないから指導してくれるのだが、このおじさんの指導はとても本格的であった。
ある程度踊れているので、ここさえ押さえておけば完璧である、というようなコツの部分を指導してくれるのである。もうそれは、研修ではないか、と思えてくるくらい、細かい指導だ。

このおじさん、完璧なものを教えようとしている。
途端に適当に踊れなくなってしまった。曲が終わってちょっとはけようとする度に、要所要所の指導が入るし、次の曲が始まる度にまた指導が始まり、もうこの抜けられないループ。エンドレス。
おじさんは真顔でこう言う。
「あなた、8割がた踊れてる。あとはお節介を言わせてもらうならば、足を出す時は半歩を意識して。この半歩にするかしないかで、踊りが違ってくるんよ」
松岡修造的な熱量で、至近距離で指導されているところ、少し離れたところでニヤリと笑っている夫の姿が視界に入ってくる。
「ややこしめのおっさんにつかまったな」という顔をしているのはグラサン越しでも十分わかった。

休憩に入り夫の方へ戻ると、「あのおっちゃんの熱血指導が止まらない。有難いことやけどな」と伝えると、「踊りの神様が降臨したんやな」と真顔で言うのである。


つづく



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