どどど、どんぐり。


まだ息子が、ベビーカーに座らせても大人しく座っているくらいの時の話である。なんとか昼寝をさそうと必死になって、のどかな田舎道をベビーカーを押して歩いていた。
ふと目先に、原付に座ってる警備員のおっちゃんがいた。ああ、休憩してるなあ、なんてぼんやり思いながら、ベビーカーを押して横切っていった。

その約10秒後くらいである。ど、どどどどどおーーーっと、ものすごい音をたてて、おっちゃんが追いかけてくるではないか。
丁度小さな小屋の前で、ひと気がない、死角になってる場所である。午後の昼下がり、三十路越した母親と赤ん坊、そして警備員ーーー。

妄想力が異常に強いわたしは、一気に血の気がひいた。振り返るとおっちゃんは、目の前10センチほどの至近距離まで迫っていた。

「近い近い近い、近い!!あかん、これはもうあかん!」
そう思った瞬間である。

「あのう、、ぼぼぼっちゃんに、ど、どどんぐりをあげてもいいですか?」恥ずかしそうに、おっちゃんは言うのだ。


「どんぐり?ああ、はあ。」と、拍子抜けしたわたしを他所に、おっちゃんはまた猛スピードで原チャリまで戻り、ごそごそと探して何かを取り出してから、また走って戻ってきた。

「これです」
嬉しそうな顔をしておっちゃんは手の平を見せてくれた。おっちゃんの分厚い手の平に、ぽっこりと丸い大きなどんぐりが乗っている。

「わあ、大きいですね。ありがとうございます」と礼して受け取ると、またおっちゃんはじいっとわたしの顔を見つめるのだ。

「あのう、もうひとつ、ぼ、ぼっちゃんに、ど、どんぐりをあげてもいいですか?」
真剣な顔だ。「はあ」と頷くと、また猛スピードで原付まで走って戻ってきた。

「これです」
満面の笑みである。見るとさらに大きな丸いどんぐりだった。
礼を言うと、照れくさそうにおっちゃんは走っていってしまった。まだ言葉を話せない息子に、どんぐりふたつを見せた。

不思議そうにどんぐりを見る、まん丸い息子の目。

まるで漫画から飛び出してきたようなおっちゃんだったが、あれは夢だったのか。

いや、実際にあった話である。





2017.2.14『もそっと笑う女』より

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