彼は日本人よりも日本人だ


メキシコから友人オスカルが一週間ほど、我が家に泊まっていた。
大柄で見るからにメキシカンな見た目だが、彼の行動を観察していると、まったくメキシコ人には思えず、むしろ日本人的なのだ。


「洗濯してほしい」と渡された洗濯物は、丁寧にたたまれていて(すでに洗濯されたものではと思うくらいに、きちっとたたまれている)、「10時に家を出るよ」と言えば、5分前には玄関で丁寧に靴ひもを結んでいる。皿洗いも率先してやってくれ、毎朝布団はきれいにたたんである。

そう、とても、きちっとした人なのだ。

出かける時間にわたしと子供とオスカルが、棒立ちで玄関で待っている中、夫が中々出て来ない。やっと出てきたと思えば、グラサンをかけ、平然と姿を現わす。

もう夫が日本人ではないのかもしれないと、思えてきた。


コミュニケーションは夫とオスカルはスペイン語である。
わたしはスペイン語は話せないので、片言のデタラメ英語なのだが、オスカルも英語はどうやら片言で、わたしたちが会話する時は雲をつかむようなスカスカとした会話となる。

なんとなくの会話はできるが、芯のある会話はできない。
だからわたしも彼も最後は頭を抱えてしまい、唯一意思疎通のできる夫に懇願の目を向ける。
面倒くさそうに夫は通訳するというわけだ。

夫の母(つまり姑)はまったく英語は話せない。しかし、オスカルに何か伝えたい、といったときに、たまたまわたしが横にいたので、通訳することがあったのだが、これはカオスだった。
片言同士の会話なので、長嶋茂雄ばりのジェスチャーと擬音が飛び交うのである。

結果的に三人とも笑っている。
そう、笑うしかないのだ。


日本に来て、寿司や蕎麦、焼き鳥などいろんな日本食を食べ、ひじきや味噌汁など、純和食を我が家で食したオスカルだが、食べた瞬間に、

「リコ!!!(おいしい!)」と絶叫にも近い反応を示したのが、日清から出ているラ王の’サンラータン味’だった。

酸っぱくて辛いものが、どうやらメキシコ人は好きらしい。
感情をむき出しにすることがない彼が、「これをメキシコに持って帰りたい!!」と言うくらい反応したのだから、余程のことなのだろう。

近所のスーパーで、ラ王’サンラータン味’を在庫分すべて買い占めて、「さあ、これをメキシコに持って帰ってちょうだい!」と渡すと、爆笑して感激していた。

「ラ王を入れるスーツケースを買うよ」という一言を添えて。


2018.5.21『もそっと笑う女』より

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