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桜色の涙
第17章 最後の誕生日
(日焼けした顔、少し痩せた?みたい、私もだいぶ痩せちゃったけど…)
「どうして?堤さんが鎌倉に?それも独りで暮らすことになったの?」
私にその理由を知る由もなかった、ただ私の近くにいてくれる、今はそのことだけで私は心強くて、救われていた。
8月下旬、ハワイから遥が帰国する、 母は私に内緒で病状のことを伝えていたことは薄々気づいていた。
遥は5月に卒業し9月に日本の大学に編入する予定だった。
いつもなら私が真っ先に鎌倉駅まで迎えに行くのに…今はそれも叶わない。
HARUが3回吼える声が聴こえる、遥が帰ってきた合図だ。
「HARU~ただいまぁ~ひさしぶりぃ元気だったぁ?これから私が散歩に連れてくからね~よろしく~」
HARUは勢いよく尻尾を振って遥の顔を舐めまわす、私は玄関で遥を出迎える。
「ただいま~お母さん」
「おかえり、遥」
遥は私の顔をジッと見つめて、私の細くなった身体を強く、優しく抱きしめた。
「お母さん、元気そうじゃない」
そう言って遥は微笑んだ。
でも抱きしめた、遥の手は少し震えていて、無理しているのが痛いほどわかった。
「うん、元気よ」
私も笑顔でそう答えた。
「今日はお祝いよ、おばあちゃん美味しいものいっぱい作ってるから」
この日の夜、我が家では、遥の卒業祝いがささやかに行われた。
相変わらず、堤さんからフェイスブックには週イチのペースで書き込みがあった、でも鎌倉に移り住んでいることは一言も触れられていなかった。
何度かフェイスブックを開いて、書き込もうとしたけれど、躊躇っていた。
<秋ですね、空が高くなりましたね>
そう書かれているのを読むと、私も秋空を見上げた。
10月…私の誕生日が近づいた日曜日に届いたフェイスブック。
<元気ですか? 変わりありませんか?あれからいろいろあって、私も大好きになった街、鎌倉に引っ越してきました。長谷寺の近くです、毎朝 自転車で鎌倉駅まで通っています。鎌倉は 本当に いい街ですね いつかまた、鎌倉の街 案内してください>
「堤さん、もう知ってますよぉ、でも案内するのは、無理みたい、ごめんないさい…」
私はそう呟くと眠りについた。
10月16日、私の誕生日 きっとこれが、私にとって最後の誕生日。
「お母さん、誕生日おめでとう!」
リビングには大きなチョコレートケーキ、 ホワイトチョコでHappy Birthday Amiと書かれていた。
「初めてひとりで作ったケーキ、少し おばあちゃんから手伝ってもらったけどね」
自慢げにそう言って遥は笑った。
「はい、じゃあ、お母さんキャンドル消して」
「うん、ありがとう」
私はキャンドルの火を吹き消そうとするが、なかなか消えてくれない、見かねて遥が一緒に吹き消すと、最後の1本のキャンドルの炎が勢いよく消えた。
家族との最高の思い出が、私にとって何より嬉しい誕生日プレゼントだった。
遥が作ってくれたチョコレートケーキを一口食べてみる。
「うん 美味しい」
「ホント?どれどれ、う~んホント美味しい~」
そう言って遥はもう一口頬張った。
そんな時ドアフォンが鳴る。
「は~い、誰かしら?」
「お花お持ちしましたぁ~」
「今行きますぅ~おばあちゃん、お花屋さんだって、誰からだろう?」
そう言って遥は玄関の方に駆けていった。
「お母さん~ほらぁ見てぇキレイ花束、お母さん宛になってるよぉ」
遥が真っ白な、花束を抱えてリビングに戻って来た。
「誰かしら?何かメッセージとか?入ってないの?」
母が大きな花瓶を棚から出しながら、遥に訊いた。
「何も入ってないみたい」
「そぉ」
母はそれ以上何も言わなかった。
母が、家で一番大きな花瓶を棚からだして、届いた白い花束を生ける。
それが堤さんからの、私への誕生日プレゼントだってことはすぐに気づいた。
(堤さんらしい、真っ白花束…ありがとう)
私にとって、今この瞬間が最高のプレゼントだった。
「あの時も白い…ワンピースだったっけ…」
目を閉じると、段葛の桜並木を一緒に歩いた風景を思い出す、iPhoneには、あの時撮った真っ白なワンピースを着た私と少し緊張した堤さんの姿が保存されていた。
その夜、私はベッドに横になって久しぶりにフェイスブックを開いてみる、堤さんからのメッセージが届いていた。
<誕生日 おめでとう 誕生日 どうしていますか?美味しいケーキとか、食べたりしているんでしょうね。素敵な誕生日過ごしてください>
花束のことは書いていないけど、この花束は絶対に堤さんから…私はそう確信していた。
「お母さん?もう寝ちゃった?」
遥がそう言って部屋に入って来た。
「うぅん、まだ起きてるわよ」
「お母さん、今夜一緒に寝てもいい?」
「うん、お母さんも…遥に話しておきたいことが、あるの」
「そぉ、じゃあ布団持って来るね」
「ふたりで並んで寝るなんて、何年ぶりかしら?」
「そうだね」
遥は嬉しそうにそう言った。
「あのね?遥、今日届いた花束きっとお母さんが一番大切に想っている人からのプレゼント?」
「そうなんだ、やっぱり…堤さん?でしょ」
私は堤さんへの想いを遥にだけは聞いて欲しかった。
「お母さんが、そんなに好きになった人って…どんな人なんだろう?ってフェイスブック見ながらずっと思ってたの、応援してたのよ私、逢ってみたいな~堤さんって人に、お母さんは逢いたくないの?
鎌倉にいるんでしょ?堤さん、ウォールにも書き込みあったし」
「ホントは、とても逢いたい、でもね…いいの、お母さんは、桜並木を一緒に歩いたあの思い出だけでそれだけでもう十分」
堤さんとの思い出を遥にすべて話し終えて、私は遥にひとつお願いをした。
思えば、それが遺言みたいなものだったかもしれない。
「遥?」
「ん?」
「お母さん、いなくなったら、堤さんに伝えてくれないかな」
「え…お母さん…それで幸せ?」
「うん…私は…幸せよ」
そう言って、安らかに眠りについた。
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