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 ひとかけらのカステラ

ゆっくりと立ち上がり、顔を上げる。
所々雲が浮かんでいる。美味しそうなんだけど、なんて表現していいかわからない形の雲たちがぷかぷかと泳いでいるよう。
頬にあたる風がとっても気持ちいい。目を閉じて思いっきり深呼吸した。
普段の生活では味わえない、青々しくてちょっぴり苦い空気。

なぜ私が絵本の中にいるのか。今は考えなくてもいい。
今はここにいたい。現実に戻りたくない・・・。
そんなことが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・。

「なんだか元気ないねー」と、ぐりが言う。「ねぇー」と、ぐらが続く。
「えっ!?う、うん・・・」突然声をかけられて驚く私。と、その時。

グーー!ギュルギュルグー!

は、恥ずかしい・・・。静かな森の中に響き渡る、私の腹の音。そういえばさっきの夕食の時、食べながら片付けに追われてたっけ・・・。
「ねぇねぇ。今カステラ作っているんだけど食べる?」「食べる?」
ぐりとぐらの後ろにある大きいフライパン。ジリジリジリ。焼いている音がする。さっきの匂いはこれだったのか。

カステラ・・・。いつも出てくるまん丸いカステラ。おっきいフライパンに鎮座する、まあるくて、ふわふわの、私も娘もだーいすきで想像でしか味わえなかったあのカステラが確かにそこにある。
甘くて、揺らしたらふわふわで、落とそうもんなら跡形もなく崩れていってしまうだろうな・・・。おっちょこちょいな私だったら絶対やらかしてしまう。

「食べなよ」「食べなよ」
「い、いいの?」
うん!!!
そう言うなり、ぐりは私の手に乗せてくれた。あったかい。
口に入れる。甘くてやさしい味が頭の中まで広がっていく。

「そういえばさ、いつも夜になると、僕たちのお話を読んでくれているよね」
「僕たちのお話しを聴きながら、くるみちゃんは目をキラキラしながらママのこと見てるよね」
「ねぇ〜」
しってるよ〜、しってるよ〜と連呼しながら、カステラをかじっている二匹。

なんと。娘の名前を知っているとは。
ふいに、夕食の時のことが蘇ってきた。

(つづく)






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