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ジュークボックスに思いを馳せて[前編]

♪カランコロン〜

重厚なドアを開けるとヘレンメリルのちょっと掠れた声が、疲れた体に染み入ってくる。

「いらっしゃいませ。何になさいますか」

「いつものあれをください」

「かしこまりました」

いつものあれを、なんていうしゃれたことを言ってしまった・・・と小気味良い音を聞きながら、心でガッツポーズをする。しばし物思いに耽っていると二ヶ月前に亡くなったばあちゃんの顔が浮かんできた。じいちゃんが死んだ後、時々バーに行ってはギムレットを嗜んでいたと叔母が話してくれたことを思い出した。

「お待たせいたしました」

いつものアレキサンダーが差し出される。芳醇な香り。ばあちゃんのことを考えていたからなのか、いつもより甘く感じられる。グラスに口をつけたその時

「お客様はいつもいらしてくださっていますね」

突然バーテンが話しかけてきたのでむせた。

「ゴホゴホっ、あーすいません。えー、そうですそうです。なんかいいお店ですよね」

「突然話しかけてしまい申し訳ありません。大丈夫ですか?」とそう言って新しいおしぼりを出してくれた。「ありがとうございます」

「いえいえ。ところでお客様は大変お若く見えますが、こういうお店はお好きなんですか?」

「はい」とジャケットに飛んだしぶきをおしぼりで拭いながら続けた。
「俺の家、共働きだったんで祖父母がよく面倒見てくれて。二人とも年齢に合わず、と言ったら失礼なんですけど、おしゃれなものが大好きだったんです。二人はクラブで知り合ってよくお酒を飲んだり踊ったりして楽しかったと話してくれました。あっ、ちなみに二人とも亡くなってしまったんですけど。それで好きなジャズシンガーのアルバムを一緒に聴いたり、新宿のミニシアターでやってる古い映画を見に行ったりもしてる内に俺もハマっちゃいまして。友達は古臭いってバカにするんですけど、俺は流行りの音楽とか遊び場とか何が良いのかよく分からなくって。だから、時々こうして一人でフラッとこういうところで静かに飲むのがたまらなく楽しみなんです」

思わずたくさん喋ってしまい引かれるかなと思ったが、バーテンは優しい笑みを浮かべながら話を聞いてくれた。

お話できてうれしかったです、どうぞごゆっくり、と言った後、バーテンは何か物を取るためなのか一瞬姿を消した。そういえば来て一ヶ月くらい経つけれど、このお店のことよく知らないなぁと思いながらキョロキョロ店内を見てみる。

ふと体をクルッとさせると、黒っぽい機械がある。よく見ると赤や青のボタンが規則正しく並んでいる。これはもしや・・・・

「すいません。これってジュークボックス・・・ですか?」

「さようでございます。お詳しいんですね。」とバーテンがテーブルからひょっこり顔を出して応えてくれた。

「いえ、そんなに詳しくはないんですけど、祖母がよくクラブに行ってジュークボックスの音楽を聴きながら酒飲んだり踊ったりしてた、ってよく話してたんで」

「まだ動くんです。よろしければお聴きになりますか」

続く・・・



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