[掌握小説]もっこちゃんの愛おしい毎日#2
もっこちゃんは自転車が好きだ。時間と体力が許す限りどこまでも漕いでいく。
カンカンの紫外線が降り注ごうが、ピューピューの北風で体が冷たくなろうがお構いなし。
朝、カーテンを思いっきり開け、遠くの景色がくっきり見えたら、はい決定。いざ行きつけのパン屋さんへ。
お気に入りのピンクの水筒にお茶をジャーっと入れて、疲れた時に嬉しいチョコチップクッキー。水色のショルダーを下げたら、「いってきまーす」
もっこちゃんはだいたい毎日オーバーオールとおにぎり柄の長袖Tを着る。今の時期だとトレーナーにあったかタイツを合わせるのがお決まり。だが、今週末には気温は15度を超えるでしょう〜、という天気予報を今日だと勘違いしてしまい、いつものスタイルにほわほわカーディガンで出たところ、ブルッ!うわっ、寒い。
気を取り直し、トレーナーにもこもこダウンでガッチガチに防寒したもっこちゃんは、駐輪場に続く階段を軽快に降りていく。
もっこちゃんの愛用自転車は、流行りに乗っかって電動自転車。
のっぽさんがもっこちゃんの誕生日に買ってくれたもの。えへっ。
漕ぎ出すと容赦なく吹き付ける風。春はもうすぐそこなのに。それでも向かい風にマケズ、時折の空腹感にもマケズ頑張るもっこちゃん。
走っていると色んなものが飛び込んでくる。おしゃれな看板。見慣れたコンビニ。ただ雑草が生い茂ってる畑。もっこちゃんは前に気をつけながら、目に入る全てのものに対して想像を膨らませる。
真っ直ぐな道にくねくね道。にゃんこが昼寝してた道。それらを無事に通過し、目的地の「パティスリー・NAO」に到着。
独身時代に勤めていた会社でお世話になっていた先輩、なおさんのお店。
パン好きのもっこちゃんにはたまらない。ついでにいうとなおさん好きにもたまらない。
「いらっしゃーい、もっこちゃん。いつものやつね〜」
「わーい、ありがほうごじゃいまふー」
寒さのあまり口が回ってないもっこちゃん。
相変わらず素敵な美貌を振りまいているなおさん。もっとお話ししたいところだけど、今日はお店のスペシャルデーということで店内にはお客さんがいっぱい。なおさんやスタッフさんは目が回るほどの忙しさ。
電話中のなおさんに会釈しながら、お店を出る。
サービスのコーヒー片手に買ったばかりにチョコクロワッサンを頬張る。
うん。安定の美味しさ。チョコが熱すぎて口中がベロベロになりそう。
コーヒーは淹れたてであったかくてフーフーしないと飲めないぐらいだが、冷気にさらされていい飲みごろ。
しばし、ぼーっとするもっこちゃん。
目の前で行き交う人たちの表情を、怪しまれない程度に観察してみたり、街路樹一本一本の枝が人間の腕みたいだな〜と思ってみたり。そこから少しずつ昔のことが次々と湧いてきた。
なおさんはどうしてお店を始めたんだろう〜、あたしにはできないな〜。
あの後輩ちゃんは元気かな〜、あの上司は今もタバコをたくさん吸ってるのかな〜。
おっと、もう帰る時間だ。
口中にチョコの苦味を感じながら、きた道を漕ぎ出す。
走り出してしばらくすると、先ほど想像に出てきた後輩ちゃんが目の前を歩いていた。
別に何かあるわけじゃないんだけど。
もっこちゃんは本来はまっすぐ行くところを、右に曲がった。
何とかなるでしょ、と思いながら。
しばらく走るも、見慣れた景色が全く出てこない。
もっこちゃん焦る。
これはヤバい。ヤバいやつ。
結局走ってきた道を戻った。
右に曲がった道に出てきた時、後輩ちゃんはもういなかった。
あの右に曲がった時間は何だったんだろう。
そんなことを考えながら、長い長い自転車旅から無事に帰ってこれたのだった。
焼きたてのパンは冷めてしまったけれど、もっこちゃんのふくらはぎはジンジンと熱い。
明日は筋肉痛になる予定。
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