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黒のストッキングⅡ

夕方になった
相変わらず病室のじいちゃんとは会えなかったので,LINEのビデオ電話でみんなで話しかけたり,じいちゃんが飼っていた犬のシバの散歩コースを動画で送ったり,家の写真を送ったり

みんなで、帰っておいで~って話す
少し泣きそうな芽がでたら,心が気付かないくらいの深い深いところで,気づかないように思い切り摘む
何度も入退院を繰り返してきたじいちゃんだから,また今回もなんやかんや帰ってくるだろうと,楽観的に考える気持ちが残っていた
彼氏と再来週の記念日はどうやって過ごすか,とかどうでもいいLINEをする

夜21時ごろ
病院から電話がなった
弱っているおばあちゃんに絶対に電話をとらせてはいけない,と私が電話に駆け寄る
「心臓はまだ動いているのですが,呼吸が止まったので病院に来てください。」という

「じゃあ,行こうか」と,お母さん

皆,その時が来る準備ができていたかのように穏やかに冷静に準備を進めて,病院へと向かう
車内で高校生の弟だけがすすり泣いている
気づけば背が追い越されていた5つ下の弟が泣いているのを見るのは,久しぶりだなあなんて考えながら,ふわふわとしている自分がいた

感染対策で部屋に入れる人数が制限され,私たち孫は待合室で待機となった
割と自分は気づかないうちに心の準備ができて,平気なのかなとも思っていた

夜22時半ごろ
車で病院に向かう父から電話がかかってきた時、それが間違いだと分かった
普段通りに出せると思っていた声は嗚咽となり、上手く話せなかった
「私はお姉ちゃんだから」とどこかで自分を律していたものが、嗚咽とともに崩れていき、堰を切ったように妹も弟も声をあげて泣き始めた

喪服替わりの真っ黒なワンピースで身を包んだ従妹も、到着した途端、膝から崩れ落ちて泣いた
おしゃれな彼女のタンスの中は色とりどりの服があふれているだろうに、どんな気持ちで真っ黒のワンピースを選んで、着て、病院に来たのだろうかと冷静に考えたりもしていた

泣きじゃくる私達に、母は「よしよし」といつもの明るさで声をかけてくれた
そんな母の手を、父が何も言わず固く強く握っているのも見て、私もこんな結婚がしたいなとか、どうでもいいことを考えた

最後に、孫4人とばあちゃんと病室に行った
ドラマで見る白い布が顔にかかっていた
ばあちゃんが布をとって、じいちゃんの鼻に手をつっこんでいて、孫はみんな笑っちゃったけど、なんだかやっぱり実感がなかった

霊柩車の中
ばあちゃんの付き添いで、一緒に霊柩車に乗った
きっと気の利いたことはいえないけど、じいちゃんといたいなと思った
葬儀屋さんに「80歳までは頑張ってほしかったんですけどねえ」という祖母の涙声
胸がぎゅっとつかまれて、もう年は取らないのだ、じいちゃんがいない夏が毎年くるんだなと思った



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