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長野解剖合宿記 2023/12/28

 夢を見た。そこは教室のような場所で、この解剖実習に参加したメンバーが揃っていた。そうしてそこではなぜか、男子メンバーと女子メンバーとの間で熾烈な攻防戦が繰り広げられていた。
 そこらに落ちている棒を拾って応戦する男子グループに対して、女子グループはなんと巨大な注射針を拾って追いかけてくるのだ。そして容赦なく刺していく。べつに力が入れられるわけではないから、軽く刺さるのだけなのだが。恐慌状態に陥った僕はあちらこちらを逃げまどい、最終的には勢いのついた相手に深々と注射針を差し込まれてしまった。
 あわてて彼女らはスタッフを呼びに行く。だが、そのなかで僕は何を思ったかそれを引き抜いてしまった。血があたりに噴き出、飛び散る。スタッフが駆け寄ってきたところでちょうど意識がぼんやりとしてきた。おかしなことに、まったく痛みを感じなくなってきている。意識が薄れ、いまにも途切れるというところで僕は、目を覚ました。
 昨日のようなすがすがしい起床とはまったくもって正反対で、悪夢によってたたき起こされることでこの日は始まった。幸い、夢を見た時間が短かったからか周りで起きている人間はいない。うなされている人もいない。なんでか無性に本が読みたくなり、ふと立ち着替えて枕元から一冊手に取ろうとした丁度その時。隣室に先生の声が響き、皆が飛び起きる音が聞こえた。そして、先生のいう言葉を聞き、そっと本を置いて黙々と外したシーツを畳み始めた。
 案の定、そこに先生がやってくる。「布団を畳みシーツと枕カバー、掛布団カバーも畳んで」との言葉に耳を傾けたのはわずか3人。もう一人は未だにうつらうつらと夢の中に。
 彼を皆でよってたたき起こし、黙々とまた作業に戻る。いつもならばもっと騒々しいのにいまではそんな声一言も聞こえない。そうしてなんとあっというまに積み上げた布団や枕を定位置へと戻し始める。すごい。言っては悪いがフリースクールのメンバーだとここまで手際よくは進まないだろう。もっとも、それは彼らがきちんとした解剖を体験していないからだ。解剖は心をはぐくみ、倫理観というものについて考察を巡らせるように仕向け、チーム力を高める。なんとすばらしい体験だろう。皆もおいでよ。解剖をするために。
 というのはわきに置いておいて。手早くたち払う準備を整えた後は、荷物を持って食堂へと集う。朝食後、昨日の解剖のまとめをするのだ。もっとも、いい加減なまとめ方をするとそれが後で発表されることとなるので油断はならない。これはグループごとにスライドで作るのだが、あらかた終わらせた班は面白みに欠けるその発表スライドにさまざまなアニメーションなどを付けてふざけだす。いくらふざけても、それが倫理的にまずい場合と内容が伝わらなくなっている場合を除いて基本的に許可される。そんな昨年の経験を生かして経験者二人、知恵を絞って作ったのだがやっぱりそこまでうまくはいかない。この分野については自他ともに第一線と認めるIさんは、さすがに巧かった。そんなものを作り、ああでもないこうでもないと他班と情報共有を進めている中、いきなり鈍い振動。窓の方から来たその原因を調べようと席を立ってみるとそこにはけいれんを起こす山鳥が。
 どうやら飛行中激しく窓にぶつかてしまったようで……結局そのまま息絶えてしまった。それだけでも十分なアクシデントなのだが、加えてそのヤマドリの位置というものがこれまた絶妙だった。すぐ近くに非常用の扉が設置されている。
 すぐにそこから手が伸びヤマドリは回収され……普通であればそのまま葬られるのだろうがこちとら解剖実習生。運ばれてきたそのヤマドリに触れ、ダウンとフェザーの違いを調べ、尾羽を記念に持ち帰る。最終的にその遺体は、予定よりも長く居残っていた現地スタッフのG先生が「今日は鳥鍋だ」と嬉しそうに言いながら持ち帰っていった。おそらくはあの鳥の肉は隅々まで料理に使用され、骨は骨格標本に。羽などは枕にでも利用されるのではなかろうか。使えるところはすべて使って、これにて万々歳、とでもなるのではないだろうか。
 昼食を終え、種々の活動を終えた後にさっそくバスに乗る。これで今年の合宿も終了だが、できれば来年も参加したいものだ。
 そう思っていた矢先、皆の声とともに先生が今回の合宿の振り返りを始めた。どうやら、2日目の夜にふいにものすごい音がしたため外を見てみると、なんと女子部屋の戸(きちんとした扉)が廊下側に倒れてきているのだという。なぜかその下敷きになりかかっていた女子が言うには、「扉が私を襲ってきたの」だそうだが、そんなわけがあるはずがない。もう就寝時間も過ぎていたであろうし、中のメンバーが外に締め出してしまい、怒って外の子が扉を蹴り飛ばし、その衝撃で扉が外れて倒れてきたのだろう。
 その話にやんややんやと喝采をしながら男子メンバーは聞いている。しかし、よく考えてみたまえ。基本的に女子の弱点となるような話が出されたということは同時に、男子の弱点になりえるようなことも話されるのだ。女子の方が人数は多いのに、僕の見立てでは(もっとも僕は男子だけれど)確実に男子の方がそういったことは多い。物置に人を閉じ込めようとしたり、相も変わらず物をなくしていたり、Oをこっそりうしろから谷底へと―といっても深さ2メートルもない雪の積もった傾斜だが―突き落そうと画策したり、障子を外したり風呂場へ急いで階段から転げ落ちたり。挙句の果てには誰かさんのやった「障子になぜか穴が開いた」事件まであるのだ。そしてそのなかでは「扉を蹴倒した」ことと等価たりえるのは我々の引き起こした事件しかない。そこのところをわかって笑っているのだろうか。
 そしてやはり、そのことが引き合いに出された。どうやら女子たちは僕のことを「ドがつくほど真面目」な部類だと思っていたらしい。失礼な。僕はいつだって真面目だし、いつだってふざけている。
 いつも本ばかり読んでいたからこそそんな誤解が生まれたようだが、最後のスライドづくりの最中横から覗き込んだ誰かがいたらしい。僕の作るものは真面目さ一辺倒だと思っていたのかもしれないがそんなはずはない。
 その件と、今回の事件について僕たちが頑なに「障子になぜか穴が開いた」と騒ぎ立てたことでようやく僕がふざけ倒しているとわかったようで、信じられないものを見るかのような目でこちらを見てきた。失礼な。周りに比べれば(フリースクールとこの解剖合宿参加者)数段マトモだと自負している。もっともフリースクールの連中はなぜか僕のことを「一番おかしい」やら「あんなに変なのに(ほめ言葉)気づいていないなんて」やら「一番の奇人は自分がおかしいことに気が付かないからこそ奇人なのだ」などと散々なことを言ってくれる。
 どう考えても人を池に突き落としたりなんなりする龍角散の方がおかしい(これもほめ言葉。おかしいほど特徴があって目立つ)と僕はいつも抗弁するのだが、それに対するフリースクールの皆の返答はいつも決まっていて、「ほら見ろ。あいつあんなにおかしいのに気づいてないんだぜ」、「え?あれで自分を普通だとかいいはるの?」、「龍角散は変人であって奇人ではない。変人はまだ理解できるが、奇人は我々の範疇を超えている。COTAやワサンボンがそうだった。というかやっぱりお前が一番奇人だ。そのことを自覚しないなんて」などと言う。
 このことについて、失礼な。僕はまったくもって「普通だ」などと言い張ってもまた奇人が何か言っているといわれるのがオチだろう。きっとこれを読んだフリースクールメンバーは「やっぱりこいつは奇人だ」との念を深くするだろう。
 しかし、やはりここで言っておきたい。僕は普通だ。普通を自負し、本と頭蓋骨ろうそくづくり(たしかにこれはすこしやりすぎた。これでは少々おかしいと思われても仕方がないかもしれない。しかし、僕はそれ以外でおかしいところなんて何もない)とを趣味に持つ単なる中学生だ。だから、僕は奇人というのでも変人というのでもないわけであって、だから、僕は、いたってマトモな人間なのだ……おそらくは。

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