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Ep20.金色のライオン あいつの気持ち何となく分かる 盛岡編

2001.3.30(仕事が立て込み1日遅れになってしまいました)

 初めてのホテル宿泊は心ゆくまで爆睡してゆっくりと10時にチェックアウト。昨日の雪が嘘のように晴れ渡っている。まずは東北本線に乗って福島へ。

 福島着11時50分。1時間程待ち時間があったので外に出てみると暑いくらいの陽気だった。駅前で軽く演奏したらおじさんが「これで美味い物でも食べなさい」と1000円入れてくれた。

 再び電車に乗って北上。一面に広がる田畑から彼方の山並みまでが雪化粧をし、春の日差しを浴びて白銀に輝いていた。小牛田で乗り換え。のどかな駅だ。福島とはうって変わってかなり寒い。汽車に乗り何駅か行くと天気は大雪に変わり、辺りはほとんど吹雪だった。

 18時半、ようやく盛岡到着。外は粉雪が舞っていたが地下街が随分発達していて広いし中程だとほとんど風も入らず暖かい。その一角で金髪の男を囲んで数人の男女がギター、楽譜、ビール、ゴミなどを散乱させコミュニティを形成していた。目があったが腹が減っていたのですぐ通り過ぎて店を探した。

 地下街でカレーうどん+ミニ牛丼セット(890円)を食った。ささやかな贅沢だ。腹もこなれたところで先程の場所に戻ってみると速攻金髪君に声をかけられた。

「すごい荷物引きずってて 旅人だ!声かけてー! って思ったんすよ、さっき」 と人なつっこく話すオノ君25歳。3日前にここに辿り着き地下街に住み着いたらしい。しかも既に15歳の彼女を作ったと言う(それ犯罪では?)。ただ者ではない。

 彼は元々は仙台でアクセサリーを売ったり弾き語りをしたりしつつ、やばいことをやりすぎて(何をしたかは突っ込まなかった)追われるように盛岡に来たらしい。ちょっと昔同居していた男友達とキャラがかぶった。

 かつてネットで知り合った男友達と2人で住んでいた事があった。優しいとこもあるヤツだったが金にダラしなく、さんざん周りの皆に迷惑をかけた末ゲームセンターに強盗に入って逮捕され今では小菅刑務所で服役してる。(2001年当時)

 犯行前に俺が大切にしていたギター2本を売り飛ばして金に換えていたのもショックだった。ネットで知り合ったとはいえ2年も一緒に暮らしてある程度信頼していたから、その時は人間不信に陥りやり切れない気持ちだった。その後結婚の約束をしていた彼女とも上手くいかなくなり別れて仕事も辞めて、一時何もかもが嫌になり廃人の様に引き籠もっていた。

 オノ君が「青山さんて昔凄く俺を可愛がってくれた兄貴みたいな人が居て、その人とすごく雰囲気が似てるんですよ」というので「俺もね昔同居してた男友達とオノ君がすごく似てる感じがするよ。彼は強盗して刑務所に入ったんだけど」と言うと大笑いした。

 「うわ、そんなとこまでキャラかぶってるんすか(苦笑)」 とオノ君(笑)

 印象的だったのは彼が路上演奏を始めるきっかけになった話。オノ君はある路上ミュ ージシャンが川村カオリの「金色のライオン」という歌を歌うのを聴いて衝撃を受けたのだそうだ。彼と意気投合して仲良くなりオノ君はギターを始めた。彼を驚かせようとして秘密でギターを練習して、やっと「金色のライオン」を弾き語れるようになった時に彼に聞かせたそうだ。彼はいたく喜んでくれたらしい。

「あいつきっと今でも仙台でこの歌うたってますよ」と言ってオノ君は少しだけ寂しそうな顔をした。おそらくオノ君は周りの人々に多大な迷惑をかけて逃げるように仙台を後にしたのだろう。彼は「あいつ」に会いたくてももう会えないのだ。俺の同居人も刑務所の中で同じ様な事を思うのだろうか?そんなことを考えながらオノ君の歌う「金色のライオン」を聞いていた。

(調べてみたら川村カオリさん、2009年38歳で他界してたんですね。。。ご冥福お祈りします)

https://youtu.be/CVxwAD8PBkc


 あと、オノ君は俺に一つ注意を促すことも忘れなかった。「仙台で誰かと会っても絶対俺の名前は出さないで下さいね。出したら青山さんが迷惑しますよ」と。

 それからみんなでギター弾いたり騒いだりしてるウチに何人かは家に帰っていき、オノ君と高校生のカトウ君と俺の3人が残った。夜間は地下街は閉まるが暖かい駅舎で過ごすことが出来た。駅舎内の張り紙を見ると「4月1日からは夜間は駅舎を閉めます」と書かれていた。ギリギリのタイミングで駅舎で過ごせたのはラッキーだった。

 3人で駅奥のロッカー前に座って、お茶を入れ(なんとこの駅のトイレは蛇口をひね るとお湯が出るのだ)高校生のようにくだらない話で盛り上がった。23時頃になるとホームレス達がやってきて「オメーラもここで寝てーんだったら場所詰めてやろうか?」と申し出てくれ たがお断りした。彼等の体臭が鼻が曲がりそうな臭さだったからだ。

 匂いに耐えかねてシャッターの閉まった地下街の入り口に移動。3人で朝方まで喋り続けた。

 予定では2日いるつもりだったが函館のラジオ出演に備えて早めに函館入りしたかったので盛岡は一晩で切り上げることにした。後日もう一度盛岡に来る予定だったし。だが結局函館で足止めを食ってしまい再度盛岡に行くことはなかった。

 オノ君と再開を約束して(果たせなかったが)俺は6時51分の東北本線に乗り込んだ。 

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