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ひとりごと

2020年10月24日の日記

何故、自分の身体すらまともに扱えないのだろう。

過去に病気をして東京から実家のある名古屋へ帰省し、引きこもる生活が続いた。働けない自分に葛藤があり、何日も何日も泣き晴らした。誰にも助けてはもらえない救いは無い。そう突きつけられたような現実と向き合うようにして
立ち直れた日から努力を重ねながら
ようやく就職先を見つけて、東京でまた暮らせるようになれた。希望を持てた。

しかし、数ヶ月後に「貴方は平均的な社会人としてのスキルがない」と伝えられ、クビを切られた。
何もかも無くした様な気持ちで首を吊った。
それが4年前。

社会との繋がりは私にとっては無くてはならないものであった。
のこのこと1人で東京に出て、何も得ることなく、働けなくては食べて暮らせないという現実だけが手元に残された。

障害者手帳をとり、就労支援へ通い
ようやく企業に勤める事が出来た。
私などには余りあるほどにきちんとしたオフィス。
ただ、やはり障害者雇用としての見えない差別を感じながらも、
正反対に障害者雇用である意味を見失う配慮の無い対応。
放置と過剰な業務の日々を過ごしながらもそうではいけないと、、障害者雇用としての扱いを変化させる努力をしてきた。
障害者であっても安心して働ける環境であって欲しいという、悲しいほどに求める気持ちと、
強い意見では直ぐに雇用を切られてしまう可能性。
不安と葛藤は織り混ざり、心で泣きながら、笑顔を保った。


いつだって何者でもない自分や、社会に必要ではない自分。
見えない未来、見えない差別。

何処かに自分をきちんと愛してくれる人はいるのだろうか。
確かな足どりで、過去にも現在にも足跡を残せるのだろうか。

孤独は心を蝕む。
どんなに努力をしたって報われない事と、向き合いながら
今日も死への誘惑と闘い、無事勝利した。

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