マジックなんかじゃないんだ

 「あの、」
 春だった。

 三月二日、卒業式まで後一週間。僕はそれなりの公立大学へ無事に受かっており、あとは卒業式を迎えるだけで、自宅待機の状態だった。家から最寄りのコンビニへ行くと、見覚えのある背中と髪型がいた。
 「大輔、お前も買い物か」
 「おっ、春樹じゃん。どうした?」
 「ネットで服買ったからさ、それの支払い」
 「なるほどな。折角だし、ちょっと団地公園でも行かね?」
 「懐かしいな。いいよ、暇だし」
 近くの団地にある公園、小学生の時から皆でここで遊んでいた。大輔とは小学の時からずっと学校が一緒で、今でも仲の良い一人。背丈は変わらず、肩幅もそんなに変わらず。大輔の方が足が速かったけど、僕の方が勉強はできた。今となっては足の速さは多分同じくらいだろうし、大輔も同じ大学に合格したけど。昔はあんなに広かった公園もこんなもんだったなと感じてしまった。風と戦いながら作った砂の城の広場も今では三歩で跨いでしまうし、二人で立ち乗りしていた水色のブランコも、黒くて狭くて足もついてしまった。
 「なあ春樹、大学受かったんだから、佐倉...なんだっけ」
 「美桜な」
 「ああそうだ、それそれ。あいつに告るんだっけ?」
 「まあ、そうしようかなって」
 「でも佐倉って高嶺の花みたいな感じじゃね?」
 「確かにそうだけど、好きに嘘はつけないしな」
 「まあな。んで、お前は佐倉の何が好きなんだ?やっぱ顔?」
 「顔もまあそうだけど、なんていうか、俺は佐倉の雰囲気が好きなんだよ」
 「なるほどなあ。でも佐倉って俺らと大学同じだったか?」
 「同じだよ。丁度見に行った時に目が合ってさ、お互い軽く頭下げたんだ」
 「へえ、あの時佐倉いたんだ。ま、頑張れよ!高校生最後のチャンスなんだしさ?」
 「頑張るも何もそんなないけど、ありがとね」
 「おうよ!それよりまだ暇か?ウチで遊んでいかね?久々ゲームでもしようぜ!」
 買い物の時からそんな予感はしていた。勿論断る理由なんてない。高校の時からお互い部活に勤しんでいてそんなに遊んでいなかったんだ、受験も終わったし久々に遊びたい。
 大輔の部屋は昔から変わらず、すぐ左にはテレビが見えるように置かれたソファ、その奥のベッドには窓から日差しが差し込む。右側のクローゼットの奥にある押し入れは本棚と化しており、様々な少年漫画がずらっと並んでいる。右奥の角に置かれた学習机には赤本やシャーペン、机の下には小学生の時から貯めていた『2007ねん8がつ13にち』と書かれた二リットルのペットボトルの百円貯金箱が半分くらい溜まっていた。僕だけじゃない、皆で集まって、八時に大輔のお母さんが車で家まで送ってくれたあの日々を、ポテトチップスとセミの鳴き声と、全開の窓から外に響く僕達の大声を思い出して、なんとも言えない気持ちが僕の体全身を一瞬溺れさせた。
 「お前の部屋に入るのもいつぶりかな」
 「相当前だったよな、中学で最後か?」
 「だったかなあ」
 「それより久々これやらね?この前最新作出たんだよ」
 そう言って大輔は、僕達の中で一番人気だった格闘ゲームを見せてきた。
 「懐かしいなあ」
 「春樹が使ってたおじさんもまだいるよ」
 「ああ、あの爆弾の?」
 「そう!てか今作、今までのキャラ全員いるんだぜ?」
 そう言いながら大輔は、昔から使っていた、赤いヘルメットを被ったキャラクターを選択する。スリーカウントで始まる僕らの戦いは一戦一戦を重ねて、お別れの時間になった。そんな帰り道。
 「結局さ、お前って佐倉で良かったのか?」
 「失礼な奴、なんだよ急に」
 「いやあ、お前くらい顔が良かったらもっと人気あるやつと付き合えただろうにって。山木く〜んとか呼ばれてないのか?ほら、委員長とか容姿端麗だしさ?」
 「たまに呼ばれるけど呼ばれてるだけだし、確かに委員長も顔はいいけど、なんか違うんだよな。俺は佐倉がいいんだ。なんで桜の雰囲気が好きなのかは分からないけどさ」
 「うーん、まあ、そりゃそうだよな。ま、頑張れよ。お前ならなんとかなるだろ」
 ほんと、なんでだろうな。自分でも分からないまま、大輔にまたねと手を振った。
 帰ってから晩御飯を食べた。味はしたけど、シャワーの温度とかトイレの回数とか覚えていないし、スマホの充電も忘れて寝た。

 正直六日間、ずっと佐倉の事ばかり考えていた。好きなのは好きだし、嫌われたくないとも嫌な程思うし、一緒にも居たいなって痛い程思う。考えないようにゲームもしたけど、気付いたらぼーっとしてちょっと考えてる。別に向こうは何も考えてないとは思うんだけどさ。そんな無駄な時間はすぐに過ぎて、三月九日、卒業式の日になった。
 卒業生、山木春樹、第一九三四七号。校長先生から卒業証書、学年主任から卒業証書ホルダーを手渡される。出席番号が最後だから、来賓の人と学校の先生方に最後に挨拶をする。最後に席へと戻る自分の目で見た皆のスーツや袴と着物姿は、やっぱり目の裏を少し熱くさせた。これでもう、高校生も終わりなんだな。
 記念撮影も担任との最後のホームルームも終わって、廊下に一歩出た、もうあの椅子と机で勉強することは無いんだろうな。今まで通り、いつも通り、廊下にも教室にも皆が居た。大輔とか他のクラスメイトに誘われて、いっぱい写真を撮った。
 玄関で今の今まで履いていた上履きを袋に入れて、鞄の中にしまう。もう、帰ってしまおうかな、そう思っていた。革靴の上に置かれた手紙、「校舎裏に来てよ、絶対」。履き慣れない革靴の紐を縛って立ち上がり、誰かと考えつつ、少しだけ慣れない心を体に乗せたまま慣れない足取りで校舎裏に急いだ。
 少しだけ遠くて、こんな日にこんな場所になんて誰も来なかった、僕達を除いては。息切れに気付いて、ただ一人の待ち人はこちらを向いた。
 「あの、」
 赤い着物に身を包んで、下駄を履いて、綺麗なおめかしをしたあの子は。
 「ずっと前から、は、春樹君の事が好きでした」
 緊張による震え声と化粧以上に赤くなった頬と目をした、あの子は。
 「皆といる時の楽しそうな顔とか、爽やかな感じが好きでした」
 学校で特段人気があるとかでは無く、でも笑顔も雰囲気も良くて、いい目をしたあの子は。
 「だから、その」
 散々迷って少しだけ諦めようかなと考えた、そんな僕をずっと待っていたあの子は。
 「付き合ってください」
 満開の桜の木の下、桃色の絨毯の上に立つ紅一点。ああ、これは、春だった。ああ、これは。
 
 マジックなんかじゃないんだ。

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