第百四十三夜 『悪人』
「A社の変額型の保険が相次いでいる話を聞いてますか。」
株式会社アメリは保険の代理店業の登録をしている。
生命保険と損害保険それぞれ一社ずつ。
「理由は新NISAらしいです。」
H生命のNさんは言葉を繋いだ。
「新NISAですか、もちろん投資性で考えると似ている商品ですが、金融商品と保険商品でそもそもの内容が異なりますよね。」
「それが、NISAと同じものであるかのように販売していたかもしれないとのことです。」
得心いった。確かに、積立NISAと変額保険の比較はすれども、本当にその違いを説明できる代理店がどれほどいるのであろうか。
変額保険は販売資格が設けられているほど、商品としての取り扱いに注意が必要な商品である。保険でありながら投資性を含む。もっと言えば中身は確かに積立NISAとほぼ同じであった。
しかし、もたらす結果が異なる。
「そもそも変額保険は保険ですからね。運用のパフォーマンスを考えたらもちろん新NISAに分があります。その上、税金面もかなり優遇されてます。とはいえ、変額保険はあくまで保険。万が一の時の備えや払込免除特約は新NISAにはつけることができないですからね。」
「はい。しかし、現にA者ではかなりの数のクレームが発生しているとのことです。新NISAの方が全然いいじゃないかという内容のものが多いらしいです。」
投資は自己責任なので、クレームの内容はまたお門違いなところもあると思いつつも想像する。
プロと思った人が間違えたことを言うはずないという慢心、もっといえば考えることの放棄、責任の放棄をした人もその中には少なくないだろう。
「保険はあくまで保険ですから、そこを説明しないとやはりずれてしまいますね。少なくとも弊社では、どちらも比較した上できちんとお話しして契約まで進んでおりますのでご安心ください。」
実際、私が変額保険を販売する際には、純粋に積み上げたらNISAの方がパフォーマンスが良くなる点を説明する。仮に10000円を毎月積立ても、変額保険はそこから保険の準備金が引かれるので、おおよそ7000円から8500円ほどしか積立されないからだ。
しかし、それが悪いわけではない。
もし30代で万が一死亡してしまった場合、新NISAでいったいいくら積立ができているだろうか。
それが死亡保険付きであれば、積立額は少額でも満額の保険金を受け取れるわけである。
人は必ずしも経済的に動くわけではない。この心理を見事に突いた商品が保険なのだろう。
そして、プロでありながらその実力を研鑽しない者はそれもまた悪なのかもしれない。
それも無自覚の。
「さすがですね。ところで…。」
Nさんの目線が私の右に座る従業員Sに向かう。
実にばつが悪そうに言葉を続ける。
「Sさんはいつ変額保険の試験に受かってくれますか。」
Sよ。
なんと恥ずかしいことか。
物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。
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