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先生と僕(12)「ガッツ先生」

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 陽の光で消えた雪は、月明かりで氷の粒となった。
 今朝の雪道がザラメのような音がしたのはそのせいだろう。
 太陽の眩しさに耐えられず、影で流した涙は、月明かりで氷となるだろうか。誰にも届かなかった声も、ザラメの足音のように、誰かに聞いてもらえるだろうか。
 僕は、雑音に惑わされず、真の声だけ聞ける耳が欲しい。

 五時間目は物理だ。授業開始のチャイムが鳴り、教室へ入って来たのは石松正雄先生である。いつもバナナを食べていて、大柄で毛むくじゃらだ。
「ウホ、ウホ、ウホホ」
 僕達は、教科書の五十三ページを開いた。
「ウホホ、ウホホ」
 僕達は、問題集の四十八ページを開いた。
「ウホホ、ウホ、ウホ」
 指名された僕は、解答を黒板に書いた。
「ウホホホ」
 正解した僕は、先生からバナナをもらった。
「ウホホホ、ウホ、ウホ」
 褒められた僕は、照れ笑いをする。クラスメイトの皆は、そんな僕に拍手を送ってくれた。

 久しぶりにまともな授業を受けることが出来た。石松先生のわかりやすい授業は為になる。いつも僕達の身体を気遣ってくれてバナナをくれるし、愛嬌もあるし、生徒から大人気の先生だ。
「悪い、物理のノート見せてくれない?」
 後ろの席の純也君に頼まれたので
「いいよ」
 僕は快くノートを貸した。
「サンキュ、俺、どうしても、物理が苦手でさ」
「そうなんだ」
「皆、石松先生の授業はわかりやすいって言うんだけど、俺には、何言ってるか、さっぱりわからねーんだよ」
「僕も苦手な教科はそうだよ」
「やっぱり、そういうもんなんだな」
 純也君の手から、シャーペンが滑り落ちた。淡いブルーのシャーペンは、陽の光をはね返しながら、床に落ちる。澄んだ青空の欠片が落ちてしまったようで、僕は思わずシャーペンを拾おうとする。そして、同じく拾おうとした純也君の手に触れてしまった。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.

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