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バーコード刑事 (5)

(4)

「なんで、お前がここにいるんだよ!?」
叫ばずにはいられない。
セーラ服を着たバーコード頭のおっさん。俺が探し求めていた理想の脚を持つおっさん。 あの時、運命的な出会いをしたおっさん。
忘れようとしたのに、どうして、今、目の前にいるのだ。また、俺を惑わし、苦しめようとするのか。
「これも、捜査の一環であります」
悩ましげな表情を浮かべ、眼鏡を中指でくいっとあげるおっさん。今日はセーラー服の上から、白いレースのエプロンを身につけている。正面から見ると、スカートが短く隠れて見えないため、まるで裸にエプロン。そのエプロンから伸びたすらりと長く美しい脚。
この組み合わせも悪くはない。むしろいい。すごくいい。ものすごくいい。しかし、おっさんの脚……
「ああ!!」
思わず声をあげる。
「お詫びにご朝食をご用意いたしました」
おっさんは、テーブルに朝食を並べ始めた。鮭の塩焼き、玉子焼き、味噌汁、サラダ。 久しぶりに目にした理想的な朝食である。
「仕方ない、食べてやっても……」
席に近づくと、おっさんがすぐそばで箸を落とした。腰を折り、俺に向けて尻を突き出し、箸を拾おうとする。艶かしい太ももが目の前にある。禁断の果実が目の前に……
「やめろ!」
 俺の叫びが部屋に響き渡る。

おっさんの作った朝食は、母親の料理の味付けに近く、美味しかった。
こんな料理が毎日食べられたら、どんなにいいだろう。理想的な脚を持ち、料理が上手なおっさんと、もし、一緒に暮らしていたら……
仕事で疲れて帰った夜、レースのエプロンをひらめかせ、美しい脚を惜しげもなく披露しながら、俺を笑顔で出迎えるおっさん。食卓には、あたたかい料理が並んでいる。そして、ふたりで食卓を囲み、熱い料理には、おっさんが息を吹きかけ、俺の口元に……
「ああ!!」
俺は力いっぱい拳でテーブルを叩いた。
正気に戻った俺の向いには、なぜか一緒に朝食を食べているおっさん。口ひげにはご飯粒がついている。
とってあげるべきなのか。いや、そんなことしたら、まるで恋人同士じゃないか。見て見ぬフリをしながら、俺はおっさんの焼いてくれた鮭を口に運んだ。
「お口に合いますでしょうか」
不安げな眼差しでおっさんが訊ねた。
「ああ、上手いよ。俺の母親の味付けに似てるし」
おっさんの口ひげについていたご飯粒は、頬に移動している。
「お母様はお元気なのですか?」
「まぁね。最近会ってないけど」
おっさんの頬についていたご飯粒は、今度は、額に移動している。どうして、そんなに、移動するんだ、ご飯粒。気が散って仕方ない。
「お父様は?」
「……さぁね」
父親は、警察官だった。だが、俺が高校生の時、突然失踪してしまったのだ。
おっさんの額についていたご飯粒は、いつの間にか消えていた。まるで父のように。

「ごちそうさま」
食べ終わると
「りんごを剥いたのですが、食後にいかがですか」
おっさんが尋ねた。
「じゃあ、せっかくだから、いただくよ」
「りんごを載せるお皿はありますか」
「戸棚の一番上だよ」
おっさんは皿を取り出そうと背伸びをするが、手が届かないらしい。 椅子を持って来て、踏み台にしている。
ひらりと舞うスカート。ちらりと見える太股。見てはいけないのに、つい見てしまう。
「ありました」
皿を見つけたおっさんは、うれしそうに椅子から飛び降りる。
舞い上がるスカート。丸見えになる艶々とした柔らかそうな太股。
「だから、やめろ!!」
「動くな!!」
俺の叫びに声が重なった。
見知らぬ男が、俺達に銃を向けて立っていたのだ。男は、皿を持ったままのおっさんを後ろから羽交い絞めにする。おっさんの手からは皿が滑り落ち、床で粉々に砕け散った。
「動いたら、こいつを撃つ」

To be continued.

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