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脱ぎ捨てられたシャツ
床に脱ぎ捨てられたシャツ。殺人現場みたいなポーズ。
何度言っても直らない。脱いだシャツは洗濯機の傍にあるカゴに入れてって言ってるのに。
きっと急いでいたのだろうなと、毎回許しながらシャツを拾う。
私は彼と一緒に暮らし始めてから、許すという事を学んでいる。
許せない人がいる。私と母を深く傷つけた父だ。
あの日以来、会っていない。どこで何をしているのかも知らない。
父と別れた母が歯を食いしばり戦ってきた姿を見てきた私は、父を決して許さないと、意地のような決意を持って、これまで生きてきた。
私は父のようにはならない。なってはいけない。そう思っていたはずなのに、私はやはり父の子で、とても弱い人間だと思い知る。
沢山の間違いを犯し、沢山の人を傷つけてしまった。
一緒に暮らしている彼は、私の過去をほとんど知らない。しかし、おそらく、知ったとしても、興味を持たないだろう。
彼の興味は、今日の夕ご飯や、週末の予定や、いつか飼いたい柴犬のことだから。
それにしても、シャツを脱ぎ捨てる癖は直してほしい。だから、私は毎回、彼に注意している。だけど決まって笑ってしまうのだ。
彼は私に注意されると、身体を小さく丸めて、私を見上げ、許しを請うような表情をする。あまりにもわざとらしい。これが、彼の作戦だとしても、笑わずにはいられないのである。
そして彼はまた調子に乗り、シャツを脱ぎ捨てる。
いまだに父は許せない。
でも、脱ぎ捨てられたシャツを許せるくらいにはなったよ。
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