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すぐそこにある穴

何度も何度も借りてるせいで、
もう自分でも「買えばいいのに」と思ってしまう本があります。

それなのにまだ買ってないのは、なぜか図書館に行くと必ず、いつもの棚のいつもの場所(上から3段目の右から3冊目)にあるから。
まるで「私の本棚」化された市立図書館。
  

クラフト・エヴィング商會の本が好きすぎて。
ちょっと読む間隔があくと、クラフト・エヴィング商會が足りてない!って思って補給したくなります。

これは、小川洋子さんの文章のもつ異邦人っぽさもマッチしている『注文の多い注文書』。


写真がまた雰囲気とユーモアがあってとても良いし、アイデアや言葉の選び方もちゃんと世界観があって。

読んでいると、心の中の弁のような一部分が震わせられて、そこから綺麗な音楽が出てくるような。
そして未知の世界の住人がその音楽に一緒に耳をすましているような。

たしかにこの世界のことなんだけど、世界は端っこの方まで行くとレンズのように歪みが出ていて、その歪みの中にこそ深淵があると信じてしまいたくなる、この感覚。


パラレルワールドというものは存在する。
というのは何年も、何十年も前から、物理学者たちが言っていますが、私がクラフト・エヴィング商會を好きなのは、そういったパラレルワールド的な異世界を感じないからです。
あくまでも、この世のどこかにある「穴」の世界なのであり、もう少し言えば「すぐそこにある穴」なのです。



私はときどき、不思議な夢を見ることがあります。

夢ってそもそも不思議な感じ。
知らない場所で知らない人と暮らしていて、呼ばれている自分の名前も、知らない名前なのですから。
眠りの最中の妄想なのでしょうか?

クラフト・エヴィング好きな私は、夢の中で世界の穴にすべり込み、ある時はクルフェという名前で生きていて、傍らにはいつもソルビンという名前の人物がいます。
でも肝心の、世界の穴の中の様子をいつも思い出せません。
私はそこで何をしているのか?
ソルビンとは何者なのか?
その世界とは、どこにあるのか?

いつもの夢。ただの夢。
心理学では夢の世界を扱うので、突き詰めてみてもいいのですが、なんとなく、これはこのままにしておきたいかな、とも思うのです。
夢は現実の「穴」の、すぐそばにあるような気がして。


この世界とは違う「別次元」「高次元」とか、平行に進んでいるパラレルワールドだとか、あるのかもしれないし、まああるのでしょうけれど、そうした考えとは別の、この世界の現実のどこかにある「穴」の世界。

気づかなくても、忘れてしまっても、別に困ることはないけれど、それを垣間見ることができる自分でいると、今目の前にある現実を違った手ごたえで掴めるのではないか、と思います。
それはきっと現実では、フラットで、でも底からじわじわ上がってくるワクワクを従えた目線でもあり、あるいは、どうにもできない空っぽな心地良さだったり。


私が見えている現実が、あなたにも同じように見えているとは限らない。

それは、いたるところに存在する「世界の穴」を、私が心の中にそっと置いているせいかもしれません。
まるで、市立図書館を自分の本棚化しているように。

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