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イップス

僕は高校球児の時、イップスになった。
大好きだった野球を、7年目で辞めた。

ストレスなんてものは、人間が自己防衛のために都合よく作り出した“概念”だと思っていたが、
細菌やウイルスと同じように、確かにこの世に“有る”ものなんだと痛感した。
肘や肩を壊すのと同じく、心を壊した僕が15m先の相手を狙って投げた球は、いつも頭上3mを上を通過していった。

イップスというものは、スポーツだけじゃなく、私生活にもその影を潜めている。

ゼミでプレゼンをして、講習の面前で教授にボコボコにされた学生は、プレゼン自体が怖くなり、次からは極度の緊張の余りベストパフォーマンスを発揮できなくなる、“プレゼンイップス”にかかるかもしれない。

教室でブスと言われた女子は、容姿に対する自信を失い、人前に出ることが怖くなって、学校に行くことができなくなる、“登校イップス”にかかるかもしれない。

イップスと言うのは、自信を失う病気だ。
自信を失うのは、できないと思い込んでしまうからだ。
坊主頭のままユニフォームを脱いだ僕には、あの時何が必要だっただろう。


思えば、中学時代から、僕は野球がさして上手ではなく、15m先の相手を狙って投げた球は、いつも頭上2mを上を通過していた。

だが、何よりも自信があった。
友達よりも野球を始めるのが3年遅かったが、何とかなると信じ続けて練習した。
友達よりも打率が低かったが、8番バッターの打席では腕がちぎれるぐらいのフルスイングをした。
友達よりも下手くそなままキャプテンになったが、誰よりも大きい声を出せば良いと信じて頑張った。

どうして自分はそうだったのか。

今になって思う。それは何よりも、グラウンドで一緒に汗を流す友達がいたからだ。
野次りあったり励ましあったり、本音でぶつかり合える友達と過ごす時間は、僕から自信を取り除く暇を与えなかった。
高校時代は、一人進学校に進み、学業も野球も、その自信を見失ってしまっていたようだ。

さて、今は営業マン丸2年。
顧客応対の自信はどうだろう。
15m先の相手を目掛けて放った言葉は、頭上1mぐらいには収まっているだろうか。

上手くやれてるかなんて分からない。
だけど、これ以上自信を失ってる暇はない。
やれることをただやるだけだ。
ストレスは確かにこの世に“有る”ものだ。
ならば、一度かかった病気に対しては、抗体だってできて当然。
僕は、二度とイップスにはかからない。



自分のことはもう大丈夫だ。
僕の人生の願いはただ一つ。
僕の身の回りに居てくれる人には、自信を失って欲しくない。

1m近くの相手を狙って放った言葉ぐらいは、いつもど真ん中に届きますように。
僕が予防接種する。

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