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文芸ムックあたらよ創刊号・感想②あたらよ文学賞篇/佳作の段

 またお会いできて嬉しいです! 蛙鳴未明です。さて、あたらよ文学賞篇/佳作の段ですよ。佳作は五作品。どれも面白く、個性的に輝いておりました。前文であれこれ言うのももったいない。さっそくきらめきを数えに参りましょう!

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月が落ちてくる。 辻内みさと

・あらすじ
 父が死に、「わたし」は夜ごと兄に犯されるようになった。格子窓から月を見上げて、「わたし」は母の言っていたことを思い出す――悪いことをすると罰が当たる。月が落ちてくるのだ。月はいつもお前を見ている――
 父は月が落ちて来て死んだのだろう。頭をぱっくり割られて死んだのだ。悪いことをすれば、ああまた、月が落ちてくる――

・感想
 このようなしっとりと重く、性についてもまざまざと描き出すような作品はあまり読んだことが無かったので、新鮮でした。「わたし」を覆っていた靄が晴れるにつれて、次々とあらわれていく真実の数々。展開の巧みさもそうですが、それを乗せる文章もまったく見事で素晴らしく、息を殺しながら読みました。辻内みさと様の地力の高さに、唸るしかありません。死ぬまでに一度はこういう作品を書いてみたいものだと思いました。

 この作品には独特の雰囲気があります。閉鎖的で爛れた、それでいて淡々と美しい空気。花咲き乱れる枯れ井戸の底のような、世界。そこから見上げる月は、なんと厳かなのでしょう。青く照らされる幻想的な箱庭は、実はすべてが狂っているのですが。五感に訴える文章は、狂気に彩られた世界の湿り気を、読者の肌に伝えます。

 ルナ、それは人を狂わせる魔女であり、裁定を下す無慈悲な夜の女王。しかしそのイメージも役割も、人によって作り出されたものです。月が人を狂わせた訳ではありません。人は人に狂わされ、月もまた人に狂わされたのです。

神と夜明け 山川陽実子

・あらすじ
 「逃げろ」と言い残して父はムラから逃げて行ってしまった。禍神マガカミがやってくるのだという。コウは臨月の母とムラに留まるしかなかった。程なくしてやってきたのは一人の少女。シアと名乗った彼女は、集落の人々に稲作を教えるという。夜明けが来た、と喜ぶ人々。マガカミから逃れられなかった、と嘆く母。果たしてシアはヒメカミか、あるいはマガカミか。ムラが変容していく中、コウはシアに惹かれていくが……

・感想
 稲作伝来を描くとは! と驚きです。縄文時代劇、など見たことも聞いたこともありませんでした。まずその特異な時代設定によって世界に引き込まれます。イネの伝来により変わっていくムラと、シアに惹かれていくコウの姿が、淡々とした筆致で描かれます。時代の動く音が聞こえるようです。

 稲作の伝来は確かに日本の夜明けとなりました。しかしそれによって一万年以上も続いた平和の時代は終わりを迎えます。稲の輝きによって人々は欲を浮き彫りにされ、縄文という心地よいうたたねから覚めて、争いを繰り広げるようになったのです。太陽の恵みは時に無慈悲な結果をもたらします。ヒメカミと呼ばれたシアもまた、恋のよろこびを彼に与えるとともに、彼を決定的な方向へと進ませることになるのです。

 時代、ムラ、そしてコウが時を同じくして「夜明け」を迎え、変容していくさまを一貫して描き出された山川陽実子様。御名前が「ヒミコ」というのにも、また意味深さを感じてしまいます。

まゆどじょう 佐藤龍一クライマー

・あらすじ
 妙子の住まう寺に青年がやってくる。舞藤という大学生は色白で、浮世離れした雰囲気をまとっていた。彼は研究の為に寺へやってきたのだった。時を同じくして、妙子は不思議な繭を発見する。中には奇妙にのたくる生き物がいて、それはまゆどじょうと呼ぶのだと、彼女の夫は言った。まゆどじょうは産卵の時期に陸に上がり、白い繭を作る。交尾に成功すると繭は黒くなり、いつしか川へ帰るのだ。舞藤の滞在する三日間、次第にまゆどじょうは増えていく……

・感想
 とにかく文章が素晴らしかったです。廊下の闇は重苦しく、繭の白は鮮明で、明暗のコントラストが目に見えるようでした。舞藤の白い歯や二の腕など、ふとした時に意識する情欲が鋭く表現されていて、佐藤龍一クライマー様の眼力に感嘆しました。

 夜闇の重さ、寝苦しさ。帰るん尾声の大合唱。確かに「ある」様々な情景の中で、一人浮き上がる舞藤の白。そしてまゆどじょうの白。このコントラストが印象的でした。鮮やかでありながらしつこくなく、グラデーションをもちながらもたしかにそれぞれが際立って見える白黒、明暗、光闇。全体を通して丁寧に表現されたそれが、読み終えた時のふしぎな感慨を生む装置となっているのでしょう。

 静かに、穏やかに進行していく物語の中で、まゆどじょうもまた、静かにその存在感を増していきます。不思議なことの起こる季節。あの世とこの世の繋がる季節。夏の持つ特有の空気が、この作品を一層魅力的にしています。舞藤という、異物でありながらもまるで初めからそこにあったかのように思える不思議な青年は、短い夜の明けた後、普通に家に帰ります。一時の幽界探検のような雰囲気に、訳もなくどこかへ行きたくなりました。

猫が飛んだ夜 右城穂薫

・あらすじ
 悟は母に連れられて、母の幼馴染、洋子の住処を訪れる。そこには影のような猫がいた。母と洋子ばかりが会話して、悟はすっかり蚊帳の外。クッキーの輪郭ばかり目でなぞる。そこに現れる洋子の弟、義彦。不思議な雰囲気をまとう彼に、猫はすっかり懐いている。デパートへ連れ出され、寝かしつけられ、トイレへ立って、悟は再び彼と出会う……

・感想
 親戚の集まりで壁のシミを数えていた記憶がよみがえりました。親世代同士の微妙な関係をぼんやりと感じながら、何度も何度も数え直していたように思います。よその家独特のにおい、親戚同士の会話になっているのかいないのか分からない理解の示し合い、デパートの食事。登場人物、場面全てに確かな存在感があり、思わず「あるある!」と声を上げてしまいそうになりました。義彦のような親戚はいませんでしたが。

 義彦の引力は印象的です。登場するたび、そこだけ重力の強いように思いました。しかし、彼は同時に宙を歩いているようであり、この世とは違う地面を滑っているようです。

 右城穂薫様の受賞のことばは、この作品の本質です。リアルと、リアルから浮き上がった存在と、時間。全てがこの作品に密封され、鮮度を保っています。読み終えた後、確かに洋子の家のにおいをかいだような気がしました。きっと十年後も、二十年後も、この作品は同じにおいをまとっているのでしょう。

夜が冷たく忍びよる えきすときお

・あらすじ
 夜から逃れ、東へ歩き続ける昼族。ウーベもまたその一人。歩けるようになってから今まで、休まず歩き続けている。昼族は生活のほぼ全てを歩きながら済ます。食事も、排せつも、男女のあれこれさえも。歩けなくなった時が彼らの最期である。歩みを止めた老人たちは夜に飲み込まれ、生涯を終える。
 ウーベはイーラという女性に声をかけられる。彼女は夜をこの目で見に行くのだという。放っておけず、ウーベはイーラと共に足を緩め、夜へ向かうが……

・感想
 昼族の描写がとても細かくて、ワクワクしながら読みました。足が速い、というのが最上級の誉め言葉だったり、立ち止まることへの観念だったり、独特の価値観が面白かったです。ファンタジーの醍醐味じゃないでしょうか、こういう描写。

 夜の描写も良かったです。次第に赤く傾く太陽、残光と混ざり合い、とけあいながら暗くなっていく空気……それを見るウーベの緊張や祈りが、読者の自分にも乗り移ってくるかのようでした。

 実は私も、夜から逃げる人々の話、アイデアとしては浮かんでいたのです。しかし、形にできないままに第一回は終わりを迎えました。力不足で断念したのです。それをしっかりと形にされるえきすときお様、脱帽です。正直くやしいです。まだまだ精進しなければと思う次第です。

おわり!

 と、いうことでいかがだったでしょうかあたらよ文学賞篇! 個性豊かな作品が集い、様々な「夜」を見ることができました。ひとつひとつ、たいへん楽しんで拝読しましたし、様々な刺激を受けることができました。個々の作品の素晴らしさ、賞全体の懐の深さを伝えられていたなら嬉しいです! いやまったく、これだけでもボリューム満点だというのに、この倍の数の珠玉が詰まっているというのですから『文芸ムックあたらよ』、すごい雑誌です。もはや恐ろしいです。関係者の方々、生まれて来てくれて有難うございます、ほんとに。新潮流として、文芸がもっと盛り上がったらいいな。

 お読みいただきありがとうございました! あなたの旅路を少しでも潤せたなら幸いです。では次回、創作篇にてお会いしましょう! See you later!

P.S 「埋め込み」という技を覚えました! やったね!


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