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人類全体がターゲットの本は面白くないんじゃないか説



最近、あまやどり出版で本を出したいとおっしゃる方が徐々に増えています。今の所紹介しか受け付けていないのですが、ありがたい話です。それでこの前、社会科学ジャンルで本を出したいという方とお話ししたのですが、編集者として見逃せない話があったので、お伝えしたいと思います。

ターゲットは広ければ広いほど良い?

その方(Aさんとします)は日本で馴染みのない社会科学の概念を紹介する本を作りたいと考えていました。話を聞くと、確かに今の日本に欠けているアイディアに満ちていて、本ができたら評判になるのではないかと感じました。Aさんも自信があるらしく、私が「ターゲットは誰ですか?」と質問したところ、壮大な答えが返ってきました。
「人類全体に読んでもらいたいと思っています!」

おおおー!全人類すか! そりゃまた豪快!!
もちろん作者さんですからね。心を込めて作った本をできるだけ多くの人に読んでもらいたい、それはもうその通りです。そしてその気持ちをここまでど直球で表現する人も初めてでした。めっちゃおもろいやん。

ちなみに世界で一番読まれている本って何でしょう? 有名な話なのでご存知の方も多いかもですが、答えは「聖書」です。およそ2000年前に書かれた古典で、宗教の拠り所となっている本。宣教師が聖書片手に世界中を布教して回ったことで、読者数が莫大な人数になりました。それでも全人類が読んでいるわけではありません。実際、私自身も聖書を読んだことはありませんし。もっとも、映画やアニメで何度も聖書に入っている話を見たので(モーセが海をバッシャーンと2つに割るシーンとかね)、すっかり読んだ気になってますけど笑。

全人類に読んでもらう、というのは、馬鹿正直に考えると、聖書と同等のインパクトを持った本を作りたい、ということです。自発的な伝道者ができて、勝手に本を買い漁ってたくさんの人に配って回ってくれる。そんな本です。
しかしそもそも。聖書って全人類に向けて書かれた本なんでしょうかね。私にはむしろ自分の身近な人や民族、後は志を同じくする人に向けて書かれた物語のような気がしてたまりません。と言いつつ、読んでないのでこれまでの極小の知識での印象です。間違ってたらすみません。

どんな肉が食べたいですか?

広告の話をします。広告は不特定多数の人たちの中から、その商品を欲しいと思う人に刺さるように制作します。刺さるためのセールストークを「訴求」と言います。一番伝えたいポイントのことですね。ここがピシッと決まると、広告自体がシャープになります。訴求力が上がって、振り向いてくれるお客さんが増えるんです。
じゃあ、どんな訴求にしたらいいんでしょう。これを考えるためには、「誰にセールストークして口説き落としたいのか?」を決める必要があります。新製品の髭剃りを女性メインで売る人はあまりいない気がします(産毛剃りならアリかもですが)。つまりその商品を欲しがる人はどんな特徴を持った人で、そういう気持ちを持っている人が引き付けられそうなセールストークは何かを考え抜くことで、広告の威力が決まるわけです。

うまそうな牛肉、と言ったらdalle3がこんなイラストを描いてくれました。

さて、上記のような調理もできる上質な牛肉を仕入れたとしましょう。たくさんの人に買ってもらうためにチラシを作らないといけません。誰をターゲットにして、どんな訴求にしましょうか。
主婦がメインターゲットだったら、「安全性」を売りにするのもいいですよね。

こんな写真が入ったりするのかも

広大な敷地で農薬を散布しない牧場。餌には遺伝子組み換え作物は使っていないし、狂牛病の検査もバッチリ。トレーサビリティもきちんとしていて、美味しいお肉を作るために、家族で愛情込めて牛を育てています。なーんてことを訴えると、小さいお子さんを育てている人なんかは買ってみたくなるかもしれませんね。

すごい量だ!

では体育会系の男子大学生をターゲットにしたらどうでしょう。サッカーやラグビーなんかで肉体をいじめ抜いたガタイのいい男子たちはめっちゃ肉食べるでしょうね。そういう人には、この肉がいかに脂が乗っているか、ジューシーか、匂いがいいか、歯応えがあって噛み締めるほどにどれだけ肉の旨味を堪能できるか、こんないい肉なのにコスパが良くてたくさん食べても懐に優しい、みたいなことを伝えた方が売れそうですよね。

1人に絞った方が、たくさんの人に伝わるようになる。

さて、あなたは上の2つの訴求を見てどう思いましたか? 体育会系男子じゃないけど、じゅうじゅううまそうな肉は自分も食べたい! と思ったりしませんでしたか? 実はこれが広告にたくさんの人が引きつけられる理由だったりします。

1人の人間の中にはたくさんの「私」がいます。たとえ今自分が50歳の男性だったとしても、10代の若者と同じような感情を持っている自分も確実に存在します。10代の男子に向けて書かれた言葉が、「俺のことだ!」となることだって全然ある、ということです。

まとめると、ターゲットを1人に絞り込むことで、訴求は鋭くなります。たった1人のあなたの感情に刺さるように考えた言葉が、同じ感情を持った君にも刺さるようになるのです。それがターゲットを絞り込まなければならない理由です。ここがうまくいくと感情で人を動かすための土台が出来上がります。きっと聖書も同じようなものだったんじゃないかなー(知らんけど)。

ラブレターを書いてみたらどうだろう?

Aさんの話に戻りましょう。上記のような話をしてから、私はAさんに言いました。
「たった1人の人に手紙を書く気持ちで、このアイディアを本にしようと思ったら、あなたの本の中身は随分変わるんじゃないですか?」

それまではAさん本人が、どんな本を書いたらいいか全くわかっていない、という状態でした。「書ける内容はたくさんある。でも、どれを書いたらいいのかがわからない」と言うのです。
これは広告的に考えると、ターゲットが決まらないから訴求も決められない状態と一緒です。満遍なく知っていることを並べるだけでは、Aさん本人が感じた感動を伝えることはできない、ということはAさんもうっすらわかっているようでした。

「手紙ね・・・」
Aさんはしばらく考えて、2、3人の名前をあげ、特にこの人に僕の話をしたい、というKさんという人を1人だけ上げてくれました。
「じゃあ、KさんにAさんが感じたことを理解してもらうように書くとしたら、どんな内容の本になりそうでしょう?」
途端にAさんの顔がパーっと明るくなりました。
「あ! 書けます! Kさんに向けて書くんだったら、何を伝えればいいかわかりますよ!!」

この瞬間、今回の本はAさんの全身全霊を込めたlove letterになりました。
たった1人のKさんに向けたメッセージ。
AさんとKさん、2人がこの世に存在していなかったら、決して生み出されなかったはずの本です。
なんて贅沢なんだ!

満遍なくいろんな人に読んでもらえる本を作る、と考えて行き詰まっていたAさんは、ようやく本を書くための行動を始めることができました。

この本が売れるようになるかどうかは、正直わかりません(おいおい)。でも、同じような志、同じような感情を持った人は絶対絶対この世界にたくさんいるはずです。まだ見ぬ同志にメッセージを伝えたいなら、目の前にいる同志がハッとするメッセージを磨き抜くことが先決でしょう。鋭いペンは人の感情を貫きます。人の思いを乗せてさらに分厚くなります。そして何より、私がそういう本を読みたいんです(暴)!


というわけで、本を作りたいけど何を書いたらいいかわかんない、という方は、まずは誰に向けたメッセージなのかを一度考えてみることをおすすめします。

※今後もあまやどり出版noteでは、編集者から見た本作りのTipsを伝えていきます。不定期連載ですが、気になる方はフォローお願いします。

ではでは!

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