みわくのグリーン車に今日は乗りませんでした
仕事でわりと遠くへ行った帰り途、鈍行の上り列車は思っていたより混んでいた。7人がけのシートに隙間をひとつ見つけて、そっと身体をすべりこませた。
左の人は『安倍晋三 回顧録』を読んでいて、右の人はしきりに手を擦り合わせたり、祈るように組み合わせてはほどいたりする乾いた音を、絶え間なくたてていた。わたしはなぜか、油断できない気持ちになり、背を伸ばしていつもよりタテに長くなって、文庫本を読んだ。
左の人も、右の人も、わたしもずっと降りなくて、1時間半、左の人とわたしはページを繰り続け、右の人の手のひらはかさつき続けた。
3人のうち誰も眠らずに県境を越えた。
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今日持っていた文庫本は、
岸政彦・柴崎友香『大阪』
岸政彦のポッドキャストを好きで、語り口や声がたまらなくくせになって2周3周と聴くうち、大阪についての語りが特に気になるなぁと思っていたところだったので、行きつけの書店でこの本を見つけたときは嬉しかった。
そういえば、いつも子どもを連れていっしょに旅行をする友だちと、今年は大阪に行くかもしれないのだ。どんな遊び場があるか調べてみよう、ということになって、図書館で旅行ガイド本も借りてみたけれど、『大阪』をつい読んでいる。こっちは返却期限ないんだから後にすればいいのに。
でも、訪れるかもしれない街に暮らす/暮らした人の実感が込められた文章に触れるのは、わたしにとって、いちばん旅を楽しみにさせてくれることかも。
河川敷や港、渡し船。水場の話がたくさん出てくるので、そうなのか、河や海とそんなに密な都市だったのかと、地図上では知っていたはずのことに新鮮におどろく。今まで何度か旅先として訪れてきた大阪は、ビル街や長い長い商店街、活気ある飲屋街、などだった。それはそれですごく楽しかったのだけれど、その街で生活をする人のように、河川敷まで自転車を走らせたり、犬の散歩をしたりとかは、なかなか旅程に組み込むものではない。やはり旅するのと暮らすのは全然ちがうのだなあと、当たり前といえば当たり前のことにじんとする。
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