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神のまにまに。

"政治家"菅原道真の半生を描いた『あるじなしとて』(PHP研究所)が、いよいよ明日6/10に発売されます。
これまでに語られてこなかった、志高く骨太な政治の人としての菅公さんを描きました。どうぞ、お読みいただければ幸いです。

本作は大もとの着想から12年、第一稿の完成に6年、さらに三度の全面改稿を経て、ようやく皆さんにお届けすることが叶いました。
私自身としても、とても思い入れのある作品です。

学問の神様や悲劇の文人貴族、そして怨霊として語られる道真。その伝承上の姿にはどこか、繊細で薄幸のイメージが付きまといます。
もちろん、そういう一面があるでしょう。

ただ、いろいろと取材したり考えたりするなかで、道真がただの「可哀想な人」とは思えませんでした。そして、そこに彼を留めてはいけないとも思いました。
たぶん、ご本人には志すところがあって、何かを成し遂げた。だからこそ、陰謀の標的になったんじゃないか、と。

思い残すことはあったでしょう。
でも、無念だけでなかった。悲しいだけではなかった。
きっと何かを、後の世に託せた人なんじゃないか。

そう思ったのは、道真が詠んだ歌がきっかけでした。

このたびは 幣も取りあへず 手向山
 紅葉の錦 神のまにまに ―― 菅家

『古今和歌集』巻第九 羈旅歌より

“今回の旅は慌ただしく参りましたので、幣も用意できておりません。この美しい紅葉を幣として捧げますから、手向山の神よ、どうぞ御心のままにお受け取りください”。
そんなふうに解釈される歌です。巧みな修辞と美しい心象を呼び起こす秀歌であり、優れた雅人である道真らしいスマートな歌ですね。

この、“神のまにまに”という言葉。
ありのままを捧げたうえで相手に全託し、言い訳もせず結果を粛々と受け入れる。
そんな、どこか達観した心情とも捉えられる言葉です。

もし道真が、そんな心情も込めていたのだとしたら。
そんなところから、彼の生涯をひとつひとつ捉えなおしていったのが、本作『あるじなしとて』です。
どうぞ、読者の皆さんのまにまに、この物語を受け取っていただければ幸いです。

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