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真夜中のアイス

時計が12時を回った頃、ずるずるのTシャツにちょっとサイズが大きすぎたサンダルを履いて僕らはふらりと出かけた。
目指すは夏の夜のお供だ。
しん、とした世界に響くのはパタパタというサンダルが地面を踏みしめる音。
彼女が笑う。私、こういうの彼氏ができたらやってみたかったの、と。
なんてことない片道15分のコンビニまでの道のり。
ぼくらはなんてことない1日の報告をしあう。
電車で隣に座っていた女の人が一心不乱に読んでいた本のこと。会社の後輩が3ヶ月前から狙っていた男性は、ついに後輩からの猛攻撃に根負けして、デートに応じたこと。同じ部署の同僚がどうやら育休でいなくなりそうなこと。
コンビニに着いて、無機質なチャイムがなり、ぼわっと視界が明るくなる。
ぼくがこの数ヶ月をかけて絞り出した言葉の数々が、こちらに微笑みかける男性アイドルを表紙にして、数冊並んでいた。
始めは嬉しくて仕方がなくて、何冊も買って実家に送りつけたりなんかしていたけど、とうにそんな時期は過ぎ、世に送り出すことができた安心感と、次やってくる新たな日々のことを考えそうになる自分を脳内から追い出した。
そんな僕を横目に、彼女はアイスコーナーを真剣に眺めている。
僕が近づいていくと、彼女は眉を下げながら、
「チョコミントか、レモンで迷ってるの」
と訴えかけた。世界一深刻そうにしている彼女の抱える世界一平和な悩みを解決したい僕は、ちっとも気分じゃないチョコミントとレモンのアイスを手にする。
「このレモン、半分こにしたらどっちも食べれるじゃん」
そう告げた瞬間、パッと花が咲くように彼女は破顔した。

会計を終えて、コンビニの外に出て、15分を待ちきれない僕らはレモンのアイスを半分こしながら夜道を歩く。

「どちらかを選べない私に両方の選択肢をくれるなんて、本当に私のこと甘やかしてるよね」
と彼女はつぶやく。とことん甘やかされたらいいんじゃない?という僕に、ふふ、と彼女が笑う。
「海とか、花火とか、バーベキューよりも、私には真夜中のアイスなのかも」
彼女の睫毛にそっと翳りが落ちるこの瞬間は、限りなく尊いものに思えた。
夜道にシャクシャクとレモンが溶けていく。

お腹が膨れた僕らはチョコミントのアイスを食べずに冷凍庫にしまって、並んで歯磨きをして、狭いベッドに横になった。たわいもない話の語尾が、彼女の寝息に変わった頃、遠くでじんわりと画面が光る。

2人が一緒にいたあの夏は、ほんの一瞬の出来事で、日々に忙殺された僕らが次に会った頃には、彼女は画面の向こう側の知らない誰かの名字になることを決めていた。

あの翳りを帯びた表情をみることも、花が咲いたような笑顔も隣にはないけれど、買ったチョコミントは、あの日から冷凍庫で時間が止まったままだ。

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