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【小説】子育て支援のおしごと①

あらすじ
核家族化、少子化、共働き家庭の増加、虐待の増加…など、
子育て支援の場に来る親子やスタッフの、子育てにかかわるお話。
子育て支援が現在に至る背景や、男女の格差、夫婦の形などに触れていきます。
1つのありふれた家庭の物語としていますが、もし子育て支援の場がなければ虐待につながっていたかもしれません。
虐待は氷山の一角で、水面下に「虐待予備軍」は多いです。
子育て支援のおしごとは、本当に地味で目立たないですが、水面下で「虐待予防」につながっています。
親子が健やかに子育てをできるように、子育て支援スタッフは今日も黒子のようにおしごとしています。


 

「ふえっ…ふえええっ…」
 生後三か月のシンが泣き出し、思わずマキの目からも涙がこぼれた。
「泣きたいのはこっちだよ…」

 真紀は半年前、夫の転勤で他県からA県に引っ越してきたばかり。
 里帰り出産が終わって、子どもと二人で家に帰ると、孤独の日々が待っていた。
 夫は朝早く出ていき、帰りは夜遅い。
 実家は遠方、学生時代からの友達もいない。
 新(シン)はあまり寝ず、泣いてばかりで、満足に家事もできない。
 インターネットで調べてみても、書いてある通りには全然ならないし、
 SNSではみんな上手に子育てや家事を熟しているように見えて、自分だけができていないような、そんな気がしてまた落ち込む。
 家で赤ちゃんと二人ぼっち。この世界には私たちしかいないんじゃないかと思うくらいの、圧倒的な孤独。
(赤ちゃんはかわいいのに、どうしたらいいかわからない…)
 時折実家に電話をかけて、実母に話してみるが、今の子育てとは少し違うようで、参考にならないこともある。
 しゃべるのも元々得意ではない。
 それでも、少しでも情報を得たくて、保健センターで聞いた子育てひろばを訪ねてみた。


「すみません…」
「こんにちは!」
 真紀がそろりと扉を開けると、子育てひろばのスタッフの田中は元気よく迎えてくれた。
 そして新を見ると、万遍の笑顔になって「かわいい~! 何か月ですか?」と聞かれ「3か月…です」と答えた。
「あの…初めてで…」
 筋肉がこわばって、うまくしゃべれないし、表情が作れない。
「そうなんですね!」
 田中に名簿や名札、荷物置き場など一通り説明されて、登録票に記入した。
「何か気になることってありますか?」
「えと…、まだ寝がえりもしないし、泣いてばっかりで、ずっと抱っこしていて…」
「そうなんですね。泣いてばっかりだと大変ですね」
「私、全然うまくできなくて…」
「そうなんですか…? 新ちゃん、とってもかわいくて元気に育っていますよ」
 真紀はそんなはずはないと、首を横に振った。
「どうすればいいか、わからないことが…多いし、子育てしながら掃除も料理もできないし…。私って全然ダメだなって…」
(母親失格なんじゃないかって…)
 そんなことを言えばもっと落ち込むと思い、涙が出そうになって口を噤んだ。すると、
「…ああ…。私も、最初はうまくできなくて、泣いてばかりでしたよ」
 と、田中は言った。
「え…?」
「お母さんだから、主婦だから、妻だからって、最初からなんでも上手にできるわけじゃないですよ」
「そう…、なんですか…?」
「私も、最初の頃は毎日泣いていました。家もぐちゃぐちゃだし、料理も下手だし、子どもが1年生なら、お母さんだって1年生ですよ。ちょっとずつ、ちょっとずつ、レベルアップしていくんですよ。というか、私はもはや適当レベルですけどね」
 田中はあははと苦笑いをした。
「がんばりすぎないで、肩の力を抜いていいですよ。新ちゃんを遊ばせて、ここでおしゃべりしましょう?」
「いいん…ですか? この子、まだ遊べない…けど…」
 田中は笑顔で頷いて言った。
「大丈夫です! 小さな赤ちゃんでねんねしたままでも、他の子どもの声を聞いたり、動きを見たりすると、刺激になりますよ。疲れておうちで眠ってくれるかもしれません」
 不意に、近くにいた母親も、「私も最初は泣いてた~」と笑った。
「あ、私も」と、もう一人も。
「本当…ですか?」と、真紀は驚いて聞いた。自分だけが上手くできなくて、自分だけが泣いているんだと思っていた。
「だって、な~んにも育児本やネットの通りにはならないし、夫はやってほしいことやってくれないし…」
「体調も戻らないし、夜は授乳も夜泣きもあるから、ずーっと寝不足だし」
「体調や寝不足、ホルモンバランスの乱れなんかで、精神的にも不安定になりますね」と田中。
「そう、なんですね。ちょっと安心しました…。私だけじゃないって…」
 真紀は新が生まれてから初めて安堵したかもしれない。産院から退院して、自分がこの小さな赤ちゃんのお世話をしなければならない、この子を守っていかなければならないと、いつも気を張っていた。
「みんな本当に子育てがんばっておられますよ」と田中が言うと、
「そうそう、私たちがんばってるよね!」
「シンちゃん、うちの子と同い年だね。よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
 真紀は微笑んでそう頷いた。


***

 「子育て支援」と一言で言っても本当に幅広く、「子ども家庭庁」によると、

「子ども・子育て支援事業とは、必要とするすべての家庭が利用できるように、幼児期の教育、保育や地域の子育て支援の拡充、向上させる制度です。」

とあります。
その中には、

・認定こども園、幼稚園、保育所、小規模保育にかかる財政支援
・子育てのための施設等利用給付
・地域子ども・子育て支援事業
・仕事・子育て両立支援事業

などがあります。

その中でここで上げているのは3番目の「地域子ども・子育て支援事業」ですが、地域の実情に応じた子育て支援ということで、この中にも13項目があります。
 
①利用者支援事業
②延長保育事業
③実費徴収に係る補足給付を 行う事業
④多様な事業者の参入促進・ 能力活用事業
⑤放課後児童健全育成事業
⑥子育て短期支援事業
⑦乳児家庭全戸訪問事業
⑧・養育支援訪問事業 ・子どもを守る地域ネット ワーク機能強化事業
⑨地域子育て支援拠点事業
⑩一時預かり事業
⑪病児保育事業
⑫子育て援助活動支援事業 (ファミリー・サポート・ センター事業)
⑬妊婦健診

 どれも、大切なことばかりではありますが、ここでは「⑨地域子育て支援拠点事業」を取り上げています。主に0~3歳の保育園や幼稚園に行っていない、家庭保育をしている親子がメインです。

 では、子育て支援拠点事業とは…?
 背景としては、
・3歳未満児の約6~7割は家庭で子育て 
・核家族化、地域のつながりの希薄化 
・自分の生まれ育った地域以外での子育ての増加 (アウェイ育児)
・男性の子育てへの関わりが少ない 
・児童数の減少

 とあります。そこで課題となったは、
・子育てが孤立化し、子育ての不安感、負担感 
・子どもの多様な大人、子どもとの関わりの減 
・地域や必要な支援とつながらない

ということがあり、
子育て支援拠点の設置に至りました。
子育て支援拠点は、子育て中の親子が気軽に集い、 相互交流や子育ての不安・悩み を相談できる場を提供しています。

 子育て支援拠点には4つの基本事業があり、
①子育て親子の交流の場の提供と交流の促進 
②子育て等に関する相談、援助の実施 
③地域の子育て関連情報の提供 
④子育て及び子育て支援に関する講習等の実施
 このようなことを行っています。

 過去の虐待の調査でわかったことは、虐待には「無園児」(保育園や幼稚園に通っていない未就園児)が関係があるということでした。
 「無園児」はずっと家庭にいるので、親(特に母親)と離れる時間がありません。
 このようなときに、子育て支援拠点のような「居場所」を持つことで、スタッフに気軽に話を聞いてもらえたり、講座などで子育てのことを学ぶことができたり、何より一緒に子育てをする仲間ができます。
 あなたは「独りぼっち」ではないよと、いつでも来ていいんだよ、そういう場になればといつも思っています。
 もちろん、なかなか外に出かけるのが難しいという場合には、訪問事業やファミリーサポート(子育て援助)も利用ができます。
 ぜひ子育ての際には、制度を利用してみてくださいね。


#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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