見出し画像

【ショートショート】平等幸福法

 20XX年7月、平等幸福法が制定された。これは、日本国民を皆平等に幸福にすることで、労働意欲の向上、地域互助の活性化、ひいては国力の増強を目指すものである。
 年齢、性別、職業、家族構成、病歴、変わったもので言えば毛穴の数、小学校時代の上履きの色、過去24時間のうちに口角が1cm以上上がっていた合計時間等、10万項目以上のデータを常時着用型のセンサーから取得し、高度な機械学習により、今後5年間の平均幸福度を予測する。この平均幸福度に応じて金銭による平等化が行われる。今後の幸福度が高いと予想された国民からは金銭を徴収し、低いと予想された国民には交付する。その金額は各国民にメールで通知される。―

 青年は戸惑っていた。幸福法の通知メールが期日の3日前になっても送られてこないためだ。彼の両親、親戚、大学の友人達はみんな「徴収・交付共にゼロ」でとっくに届いたと言っていた。メディアが報じるところによると、大体の人が「ゼロ」で、「交付」つまり不幸になると判断された人が5%程度、「徴収」つまり幸福になると判断された人が15%程度と言われている。徴収対象になっているのは社長や芸能人など、高給取りの人たちが多く、蓋を開ければ名前を変えた追加の税金なのではないかと世間では言われている。普通に考えれば青年も「ゼロ」ではないかというところだが、如何せん通知が遅いので、少々不安になっていたのである。

 さて、青年にはクラスに好きな人がいた。彼女とはほとんど話したことがないのだが、笑顔がかわいく、セミロングの黒髪が似合っていて、遠くから見ているだけで満足だった。ある日、授業が終わって帰ろうとしていると、彼女が突然話しかけてきた。
「まだ幸福法の通知来てないってほんと?」
青年の友達経由で彼女に伝わったのだろう。青年が頷くと、彼女はこう続けた。
「私もまだ来てないの。心配だからちょっと話さない?」

 青年にとっては願ったり叶ったりの状況だ。近くのカフェに向かうべく、青年は彼女を伴って足取り軽く歩き出した。しばらく歩いていると、交差点に差し掛かった。彼女は夢中で話していて赤信号に気づかないまま、車道に足を踏み入れた。青年がまずいと思ったときには、車が彼女めがけて突っ込んできた。

 青年は思わず彼女の前に飛び出た。車は青年に当たり、青年の身体は空高く投げ出された。

 青年は命を取り留めた。しかし、下半身不随になってしまい、一生車椅子生活だと言われた。彼女は自分を責め、おいおい泣いた。そんな時、青年のもとに幸福法の通知が届いた。

「10万円徴収」

 彼女に見せると、
「こんな不幸な事故に遭ったのに徴収というのはどういうことなのかしら。」
と怪訝な顔をしたが、青年は笑顔で
「愛する人を守って怪我をしたのだから僕は幸せだよ。」
と言った。

 彼女は曖昧な笑顔を返した。その時、彼女のもとにも通知が届いた。

「1000万円交付」

 不幸なことに、彼女は青年のことが少しも好きではなかった。

  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?