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髪【ショートショート476文字】

僕は彼女の髪を集めている。もちろん抜いたりはしない。朝、枕の上で抜けている髪の毛を見つけて集めるようにしている。気持ち悪がられるかもしれないから彼女には内緒にしている。もちろん妻にも内緒だ。

集めた髪の毛は、向きを揃え、パラフィン紙に大切に包んで、僕の書物机の一番上の引き出しに保管している。その上にパンフレットを被せたりして、妻がうっかり引き出しを開けた時も見えないようにしている。

夜、僕は一人になると、彼女の髪を取り出して眺める。結構な量が集まってきたので、撫でるとつるつると心地よい手触りがする。僕はそうしながらいつも泣いてしまう。

ある日、ロングヘアだった妻がいきなりショートにした。うろたえる僕を見て妻は言った。
「私の髪を使うことにしましょう。」
僕は驚きつつも、笑顔で頷いた。
「ありがとう。」

娘が抗ガン治療を始めてしばらく経つ。髪は日に日に抜け落ちて、最近では帽子を被るようになっていた。抜けた娘の毛でウィッグが作れないかと、パンフレットを取り寄せて検討していたのだが、妻にはお見通しだったらしい。妻の髪でできたウィッグに、娘も大喜びするだろう。

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