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100近い職場を渡り歩くことになった、始まりの3本柱。その①

自己紹介にも書いたけれど
私はバカみたいに、100回近く転職をした。

まあ、正確には
正社員としての就職➡退職➡転職
と言う形ではないんだけど
正社員、派遣社員、アルバイトを含め
同時に4つの職を掛け持ちしていた時もあったりして、気づいたらそのくらいの数になってしまっていた…といった感じ。


カッコよく言えば “ 好きなことを仕事にする ”
ための転職だったけれど
世間の目から見れば、ただの “ 夢見がちの人 ”

それでも自分はいつも真剣だった。
自分の長所自分が一番したいと思ってること子供の頃好きだったこと、ずっとやってて飽きないこと、疲れないことetc…
常にノートに書き出し、修正しながらその要素が含まれていそうな職場が募集をかけていないか、片っ端から探しまくり受けまくり落ちまくった。


そんな私は幼少のころから
好きなことで生計を立てられる人になる “
と言うのが目標だった。

そして小学生の頃に書いた
自分の好きなこと3本柱がコレ↓

  1. 歌うこと

  2. 部屋の模様替えをすること

  3. 占い/目に見えない世界のこと

だった。

私タレントになります!!

宣材写真撮影時のヘアメイク風景

そこでまず、若いうちからやった方がよさそうな
1.【 歌うこと=歌手=アイドル 】から取り掛かった。

中学時代:4人くらいの友達と一緒に、遊び半分で初のオーディションに応募した。(のちに菊池桃子さんのデビュー作となった『パンツの穴』と言う映画のヒロインオーディションだった。当然のことながら書類選考も通らず敗退σ(^_^;))

高校時代:吉川晃司さんの主演映画の相手役オーディションを見つける。友達を誘うも断られ一人で応募。
第一次は通過したもののオーディションに行く勇気すらなく諦める。
だが、その後諦めきれず、タレントスクールに通う。歌、ダンスのレッスンをしながらオーディションを受けまくる日々が始まる。

その頃のバイトは、スクールのレッスン費とオーディションの遠征費のためにやっていた。

でも、恥ずかしくてタレント志望だということ を、バイト先にも友達にもひた隠しにしていた。
そのため、友達に誘われても時間もお金もなく、断ることが多かった。
「付き合いが悪いな~」と言われるのが辛かった。
当時彼氏にさえ言えず、それが元で別れることにもなった。
そして後に、それがトラウマとなり相当苦しむこととなる…。悲。

スクールの校長と。今は亡き中村泰士先生。

20歳:一旦諦め就職。(3本柱の2本目)
23歳:ひょんなことからタレントへの夢が再燃。再びオーディションを受けまくり芸能事務所の所属オーディションに合格。
「タレントになります!」と退職。晴れて上京。

上京したところで、所属と言えど完全歩合制。
演技、ダンス、日舞のレッスンは無料で受けられるメリットはあったけれど、週末レッスンに通うと昼間バイトが出来ない。
仕方なく朝はカフェ、昼はステーキ屋、夜はスナックと掛け持ちでバイトをする日々…。
心身ともに疲れ切っていた。

それでも尚、歌のレッスンも受けたかった。
事務所の子が歌のレッスンを受けていると聞きつけ、「私も受けたい!」と嘆願すると「君はバラドル路線だからねぇ。今レコード売れないし、歌は若い子だけでいいんですよ」とバッサリ。泣。

25歳:生活困窮&精神も困窮(ToT)そして撃沈。帰郷。
26歳:地元FM局のラジオパーソナリティー、レポーター、イベント&結婚式の司会などをしながら自分の気持ちをごまかす。

地元コミュニティーFM局の収録風景

27歳 : 電撃?衝動?!結婚。(笑)
29歳:まぁ色々あり?‼︎ 既婚のまま再びタレントの道へ…(汗)事務所の所属オーディションに合格。
欠員のあったアカペラパフォーマンスユニット(チュチュチュファミリー)へ加入が決まる。単身上京。

純粋なお笑い(芸人)ではなかったが、アカペラでコントをするユニットだったため、事務所の先輩芸人たちと一緒に、毎週ショーパブで ”お笑い笑TIMEショータイム” のステージに出演していた。
超多少のテレビ出演も果たしたが…。

今度こそ自分は向いていないと悟る。(ー ー;)

カウントダウンライブ~ お台場DECKS東京ビーチにて ~
( 向かって左 がRee 。この頃すでに30歳手前になっていた…)

笑TIMEの楽屋。後ろで不貞腐れているのは当時同じ事務所の先輩、売れる前の原口あきまさクン。手前がRee。
手前は事務所の先輩はなわクンと、今は亡きマエケンさん(前田健) 。涙。

32歳:今度こそ芸能界から足を洗う…。後悔なく諦める。

好き × 虚栄心 = ヤバい

こんな賑やかなカウントダウンライブの中、
笑ってステージに立っている意味が分からなくてなっていた…。


歌うことが大好きだった。
自分の好きなことに嘘はなかった。
でも、自分の自己肯定感が低いせいで
好きなことそれを利用して
自分を実際の自分より大きく見せようとしたり
目立つことをしようとしたり
コンプレックスをないものにしようとしたり…。

ただ、このコンプレックスを原動力にすると
途轍もないパワーがみなぎって
物凄い情熱とやる気が湧いてくるもんだからたちが悪い。

でもこれは “ 絶対に見返してやる!!” 的なものだから頑張ったところで、心から幸せと思える日は訪れない。
それは間違いない。

無論、それでも頑張り続けた先には
別の道が見えてくることはあるのだけれど
ヘタレの私は自分を消耗するばかりで
頑張れば頑張るほどに辛くなり
望みが叶えば叶ったで自分の首を絞めることになっていった…。

その②へつづく…

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