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『スローフード宣言』の装丁デザインについて

装丁デザインについてかねてからお伝えしたいと思っていました。
著者のアリスさんと少しやりとりをしたエピソードもあるのでそれも交えて。

アリスさんと挿絵についてのエピソード

原著『WE ARE WHAT WE EAT』では見出しごとに写真が使われているのですが、編集チーム内で写真ではなくイラストはどうかというアイディアが浮かびました。写実的でカントリーないいかんじのイラストを見出しタイトルと共に置く。素敵に仕上がりそうだと思い、早速イメージに合うイラスト作家さんに連絡し、いくつかサンプルをいただき、それをアリスさんに送りました。(代理店を通して)

著者のアリス・ウォータース。1971年にカリフォルニア州バークレーでレストランを開業し、地産地消、有機栽培、食の安全、ファーマーズマーケットなど、今や食のトレンドとなった重要なコンセプトを実践、それはスローフード革命として世界中に広がった。

ところがアリスさんから意外な返事が返ってきました。
「今回の本についてはリアリティが大切だと思っている。ファンシーなイラストだと本書の真剣な想いが伝わるかどうか懸念がある」ということでした。このアリスさんからのメッセージをきっかけに本書がどういう意図をもった本なのかと改めて向き合うことができ、装丁デザインのイメージをもつことにもつながりました。

ここからは装丁デザインについて

デザイナーさんを探すにあたり「文字フォント」に注目しました。先程のアリスさんの言葉を受けて、写真やイラストを置かずにシンプルに文字を使って見せる方向が良いのではないか?と考えました。その中でアリスさんのこれまでの著書を見ていて『アート オブ シンプルフード』の装丁がイメージに近いのではと思ったのです。文字が大きくすっきりとしている。アリスさんの思想を知っているデザイナーさんであることも決め手になりました。

アート オブ シンプルフード / アリス・ ウォータース (著)/小学館

早速これを手掛けたデザイン事務所(nano/nano graphics)の問い合わせフォームからメールをし、迷惑フォルダに入っていたら嫌なので、電話もかけました。突然の、そして聞いたこともない小さな出版社からの依頼にも関わらず、事務所の代表であるおおうちおさむさんは、熱心に耳を傾けてくださりふたつ返事で依頼を受けていただけることになりました。(アリスさんのもつパワーがシンクロしたと思っています)
熟考に熟考を重ねていただき、最初にでてきたデザインがほぼ完成形でした。

最初からほとんど変わっていないデザイン


「素敵・・・」「かっこいい・・・」など初見で惚れるデザインでしたが、プロデューサーとしては、本の内容を表現できているかというデザイン背景が重要です。

デザインコンセプトについて

最初に頂いたときのコンセプトは「全体に敷かれているモザイクのようなイメージは、さまざまな食材や自然を心の目で咀嚼しているイメージ。そして食べることが生きることに昇華されていく」と非常に共感できる言葉でした。ただ疑問に思ったことはなぜ背景が丸や三角ではなく四角なのか?
個人的にデザインの理由を追求することは好きではありません。言葉で伝えられないから、デザインがあるわけで、そのデザイン自体に語らせないと意味がないと思っているので。それでも作り手としては、デザイナーさんの意図を把握しておく必要があるので、私がこのデザインから受け取ったことを先にお伝えしました。

・第一印象はモダンでカッコイイなのですが、じっくり向き合うとオールドな印象。
・最初はなぜ背景のモザイクが円ではなく四角なのか?と考えたが、アリスの半世紀を積み重ねてきた時間の表現として四角が積み重なる。
・四角のモザイクはデジタルな印象もあるので、本書の中身のファストフード文化も表現し、それと背景にある自然や食材の色合いたちのスローフード文化が混ざっている、溶け合っているという意図
・フォントはモダンでありながらオールドにも見ることができる。
・全体的にこれまでのアリスのファンシーで素敵なライフスタイルのロールモデル的な印象から、食を通じた政治を語る活動家としての印象を醸し出している。
と精一杯このデザインから解釈したことをお伝えしたところ、想像を超えるデザインへの想いが返ってきました。(以下おおうちさんより)

「モザイクや全体のイメージについて一般的なアリスのイメージは仰るようにナチュラルな柔らかいものですが、彼女の考えは極めて未来的であり、『柔らかい人間味のあるもの』と『これから訪れる未来』との架け橋になっています。機械的でデジタル感のある必然を変えていける可能性を持っています。そして、それは芸術性を伴います。
私が以前デザインした『アートオブシンプルフード』のタイトルにもあるように、シンプルで正しいことは、実はデジタル世界の構成要素に等しい部分が多く、それらはものすごくシンプルなことの積層で構築されています。(中略)
ただのスローライフではなく、この先にあるスローライフを感じて欲しかったのです。そんなことから、グリッドによって自然物の見え方が変換されることをベースに置きました。おっしゃっている積層感もまさに。

そして、いわゆるかっこいいものをこのジャンルに添えたいと思いました。アート本のような佇まいは、良い意味のコントラストを生むと思います。せっかく落札できた素晴らしい案件なので、既存のイメージに囚われすぎず、我々にしかできない方向性を導き出して、新しい世代・未開のマーケットへアプローチしたいと感じています。もちろん、これまでのアリスファンも一緒に連れて行きます」

2022/8/5

味わい深い言葉をいただき何度となく噛み締めました。
おおうちさんは、本書の原稿を読み込み、この本の可能性や価値を引き出すデザインをあらゆる選択肢の中からすくい上げ、仕立ててくださりました。本の内容とそれを包み込む装丁があって素晴らしい本はできているのだと改めて感じ学ばせていただきました。

いかがだったでしょうか。おおうちさんのFacebookの投稿が、「本書のデザインは深く考えすぎて説明が長くなってしまう」と、あまりに短く一言にまとめられていたので、少し長めにお伝えしたくなりました。

アリス・ウォータース著 『スローフード宣言 食べることは生きること』 海土の風 数年前に小学館から『アートオブシンプルフード』という訳書が出版されました。そのデザインを手がけたとき、アリス・ウォータースという料理人の考え方に感銘を受けまし...

Posted by Osamu Ouchi on Thursday, December 1, 2022


ぜひ『スローフード宣言』の装丁を遠くに、近くに眺め、感じていただけたら嬉しいです。


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