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ひょうたんから同人誌

 それは今年の春のこと。
 彩戸ゆめさんとランチをご一緒していたら、「ツイッターで同人誌をだしたいってつぶやいてたけど、夏コミに当選したら委託できるよ」と言われたのです。
 私はパスタをふきそうになりました。
 実は「今年の夏コミには祥明×瞬太本をだしたい」とか「瞬太×委員長も捨てがたいよね」というのは、毎年恒例のエイプリルフールネタなのですが、彩戸さんはまんまとひっかかってくださったご様子。
 そう、その日はたまたま、4月1日だったのです。

 彩戸さんのお気持ちはありがたいけど、そもそも仕事の合間をぬって同人誌用の小説を書くなんて、ぐうたらな私には無理に決まってるじゃないですか。
 いやでもそういえば、「あれ」があるな・・・。

 実は私の部屋の片隅には、長いこと放置している茶封筒がありました。
 その中に入っているのは1枚のCD−R。
 中身は私がらいとすたっふ小説塾を受講していた頃、課題作として提出した作品です。
 あのCD−R、いいかげん何とかしないと、ハード的にもソフト的にもそろそろ読み込めなくなるおそれが。
 それに何と言っても、エンドマークがついている作品です。
 二段組みにととのえ直して、文字だけの表紙をつけるくらい、1週間もあれば余裕じゃない?

 そんな甘い見通しのもと、私は彩戸さんに「もしも本当に同人誌だせたらお願いします〜」と言ったのでした。
(まあでも結局ださないかもなぁと思いつつ)

 その後、彩戸さんのサークルはみごと夏コミに当選。
 しかし私はFFXにうつつをぬかしていたため、なかなか茶封筒に手をつける気にならず。

 ようやくFFXをクリアし、重い腰をあげた時には、7月も中旬に入っていました。
 ツイッター上では日々、商業誌と同人誌のダブル〆切に追われるフォロワーさんたちの悲痛なつぶやき、いや、叫び声がとびかい、そろそろ本気ださないと間に合わないかもしれません。

 おそるおそる例の茶封筒を開き、CD−Rをとりだしてみました。
 20年近く前のファイル、読める、のか・・?

茶封筒に入っていたCD-R

 もともと私がこの異世界ファンタスティック冒険譚「黒猫とワルツを」を書いたのは、調べてみたところ、2003年の秋冬だったようです。
 ほぼほぼ20年前ですよ。
 執筆環境はなつかしのワープロ専用機Rupoです。
 ざっくり内容を説明すると、主人公の如月夏子(20代半ばの善良な会社員、職種はSE、猫と酒が大好き)は、夜道でひろった黒猫をマンションに連れ帰ったことがきっかけで異世界を救うことになる、という、当時としては珍しい異世界ものでした。
 ヒロインのモデルは友人の夜明佳奈さんです(仕事は違いますが)。
 身近な人をモデルにして書いたのは、後にも先にもこの1作だけなのですが、もしかしたら小説塾のテキストに、「身近な人をモデルにしてキャラクター設定をするのもよい」とあったのかもしれません。
 なんとか書き上げて提出したところ、予想外の高評価をいただき、その次の「警視庁幽霊係」でのプロデビューへとつながるきっかけとなったのですが、この異世界冒険譚そのものは世に出ることもなく、Rupoの中で長い眠りについたのでした。
 さて、10年ほどがたったある日。
 夜明さんに「そういえば私、夜明さんをモデルにした小説を書いたことがあったな」と言ったら、「なんですって!? 読みたい!」とおっしゃるので(そりゃそうだ)、棚の奥にしまいこんであった提出作(添削入りで返されてきたもの)をひっぱりだしました。
 夜明さんは早速読んでくれて、「面白かったよ〜。これは同人誌でださないの?」と言ってくれたのですが、いかんせん、その後Rupoが壊れて印字できなくなってしまったので、にんともかんともです。
 が。
「それなら、この紙をOCRで読み込めばいいじゃない」
「!」
 目からウロコとはこのこと。
 夜明さんはサクサクっと全ページをスキャナーで読み込んで、Word文書にし、CDに焼いてくれたのです。
 文明すごいぜ。
 それが例の茶封筒に入っていたCDです。
 ただちょうどその頃、「よろず占い処 陰陽屋へようこそ」のドラマ化やコミカライズでてんやわんやで、その後もなんやかやと忙しく、バタバタ、ダラダラしているうちにまた10年が流れ・・。
 決して忘れてはいなかったんですよ。
 夜明さんのご尽力を無駄にせぬために、いつか何とかしようと思ってはいたのです。
 そして2023年になっていました。

 というわけで、約10年前のWord文書です。
 CD−Rに書かれた2013の文字が目にしみますね!イタタタタ・・
 MacBookAirにはもはやCDやDVDを読み込むためのディスクドライブが標準装備されていないので、何年ぶりかで外付けのディスクドライブを接続し、なんとかファイルは読み込めました。
 よし、第一関門クリアです。
 Wordの方はWord2011(Mac用)をまったくバージョンアップしていなかったのが幸いして、するりと開けました。
 これでソフト的にもOK・・と思ったら!

「」。、が横書きの位置にずれているWord文書。ひどい。


 文章は縦書きなのに、「」()ー…などがすべからく横書きになっています。
 なぜこうなる・・。
 おいおいWord、日本語間違ってるよ!!
 テキストファイルに変換したり、あれこれ試してみたのですがちっともうまくいきません。
 そもそも私はふだん、iTextExpressというテキストエディターで小説を書いているので、Wordがよくわからないのです。
 設定を直せばなんとかなるのか、それとも最新版のWordを買うしかないのか・・ぬーん。
 検索してみたところ、WindowsのWord文書をMacで開くとこうなってしまうのは仕様(?)で、解決策はフォントをOSAKA(等幅)にすることのようです。
 ありがとう、大変な苦労の末、解決策を見つけ出してくれた先人。
 というわけで早速フォントを変換しました。
 うんうん、「」も()もあるべき場所におさまっています。

改段落で一文字さがっていないWord文書

 よしこれで読めるようになった、と、ほっとしたのもつかのま。
 よく見たら、改段落で一文字さげねばならないところがさがっていません。
 考えてみれば、空白はスキャナーでは読み込めないので当然です(白目)。
 ・・・これ、すべての段落を手動で直すの?
 けっこう長い小説(原稿用紙換算で300枚はこえていそう)なんだけど・・!
 私の口から魂が抜けかけていた時、Wordを使い慣れている永代屋さんが、段落の頭をまとめて一文字さげるための書式設定の仕方を教えてくれました。
 助かった〜!
 早速、設定してみたところ。
 ギャー、今度は会話文まで全部一文字下げられてるぅぅぅ。
 おのれWordめ、ふざけてんのか!!
 ガッシャーン!(心の中でちゃぶ台をひっくり返した音)
 よく見るとOCRの誤変換もちょくちょくあるし(神官→神宮とか)、結局、大部分を手動で修正するしかなさそうです。
 やれやれ・・。

 3日ほどやってみましたが、遅々として修正作業はすすみません。
 誰だよ1週間もあればなんて甘々な見通したてたやつは。
 これもう夏コミ無理かも・・・。
 あきらめモードにさしかかった時。

 夜明さんから素敵な表紙デザイン案がとどいたのです。
 しかも4つも!
 これは、夏コミでだすしか、ない・・・。
 外堀が埋められた瞬間でした。

 ついに私は本気をだし(まだだしてなかったのかよ)、まじめに誤字脱字修正にはげみました。
 洗濯もポケGOウォーキングもやめ、ひたすらMacにむかい続けること1週間。
 もう自分でも20年前に何を書いたのかほとんど忘れていたので、「えっ、こんな厨二設定だったっけ。思いついたこと全部入れたんだな。そしてこう展開するんだ。あっ、さっきの文は何か変だと思ったら、伏線だったのか」と自分に驚きながらの作業はけっこう新鮮でした。
(久しぶりに昼夜逆転したり、首が痛くなったり、洗濯物の山は大変なことになるし、人としてはボロボロでしたが)

 印刷所の入稿〆切2日前。
 ついにラストまで確認と修正を終え、1日で陰陽屋と警視庁幽霊係のスピンオフを書き、あとは二段組の書式に流し込んで、内表紙や奥付などをつければ完成、というところまでたどりつきました。
 よし、なんとか間に合う!と思ったのもつかの間。
 永代屋さんに教えてもらった無料頒布の小説同人誌用Wordテンプレ書式に文章を流し込んだら、せっかく直した段落頭の一文字下げが、元にもどってるじゃありませんか。ガッデムです。
 「」()、。も横書きに戻ってるし。
 これはまあ、フォントをOSAKA(等幅)にすれば直のですが(テンプレは明朝系統の美しいフォントでした)、・・OSAKAの長編小説ってどうよ・・まあこの際、読めればいいか・・・?
 いやそれより問題は、段落頭の一文字下げです。
 もうテンプレを使うのはあきらめて、自分で一から書式設定するしかないのかも・・と遠い目をしていたら、永代屋さんが、他のテンプレも試してみるのだ、と、教えてくれました。
 いやもうWordの呪いがかかってるからどのテンプレ使っても結果は一緒じゃない?と思いつつもだめもとでトライしてみたところ。
 ハレルヤ!
 楽描堂さんのテンプレに流し込んだところ、一文字下げがちゃんと反映されているではありませんか。
 どういう神設定になっているのかWord素人の私にはさっぱりわかりませんでしたが、とにかく助かりました。

*楽描堂さんの神テンプレ集はこちら↓です。
 私は目次、奥付などがすべて揃ったA5フルセットテンプレートを使わせていただきました。
http://nameless.2box.jp/rakugakidou/index.html

 さて最終段階にして最終日。
 あとは表紙をのぞく本文が8の倍数になるように調整です。
 どうしても1ページあまりがでそうだったので、入れるつもりのなかった目次を作成。
 本が完成した後で「しまった、この小説を好きな人は絶対『マリカと魔法の猫ボンボン』(全2巻 ポプラキミノベルより発売中)も気に入ってくれるはずだから、既刊のご案内ページを入れれば良かった」と思いついたのですが、後の祭りだったのでここに書いておきます。
 それはともかく、本文原稿はほぼ完成。
 あとは永代屋さんにファイルを送って、Windows版で明朝系のフォントに変換してもらい、夜明さんの表紙データと一緒に印刷所にデータ入稿してもらえば完成です。
 今度こそ間に合った!と思ったら。
 永代屋さんから「実はうちのWindowsで開いたら書式がぐしゃぐしゃに崩れてるんだが」という衝撃の連絡が。
 楽描堂さんの神テンプレはMac専用だったの?
 いやそんなはずは・・!
 印刷所のデータ入稿〆切まではもう12時間ほどしか残っていません。
 とりあえず他の形式でセーブして送ってみることにしました。
 それまでは一番上に表示されるdoc形式でセーブしていたのですが、他にもdocx、dotなどの形式を上から順にためしていきます。
 1個づつ永代屋さんにファイルを送っていったところ。
「docx、いけるかも!」との朗報が!
 やったー!
 コミケの神様、ありがとう〜!!
 その後永代屋さんに最終の誤字脱字校正をしてもらい、午前1時すぎに本文データは無事に完成となりました。

*この記事にリンクをはるために楽描堂さんのサイトを再訪したら、ちゃんとトップページの作成環境に「形式 .docxです」と明記してありました。
 私が見落としていたばかりに永代屋さんには余計な心配をおかけしてしまいました。申し訳ありません。ぺこぺこ。

 その後、午前4時すぎに夜明佳奈さんの裏表紙も完成。
 無事翌朝の入稿となりました。

 そんなこんなで永代屋さんと夜明さんの多大なご協力のおかげで完成にこぎつけた夏コミ新刊「満月の夜、酔っぱらい娘がひろった黒猫は異世界の呪術師でした」(タイトルかえました)ですが、そもそも彩戸さんと4月1日に会わなければ、今も茶封筒は放置されたままだったにちがいありません。
 エイプリルフールのささやかなウソが同人誌をうむこともあるというお話でした。

「満月の夜、酔っぱらい娘がひろった黒猫は異世界の呪術師でした」BOOTHにて通販受付中です。気になる方はのぞいてみてくださいね!



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夏の思い出

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