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おばあちゃんのおひざもと 第38話 講演会

「学校の校長先生に頼まれて、おじいちゃんがアメリカでの経験を講演したことがあるよ。あの当時はここでは、東京にも行ったことがないって人も結構いたからねえ。アメリカまで行ってその上、大陸横断なんかしてきたおじいちゃんみたいな人は珍しいどころか、一人もいなかった。だから『アメリカってところがどんな所か、見てきたことなんかの経験談を是非お聞かせて下さい』ってある日、校長先生がお願いに来てね。『いいですよ』って了解したの。それで小学校の生徒と保護者、先生たちの前で壇上で話をしてきたようだよ。『何の話したの?』って聞いたら、、、

『私は東京の宗務庁というところに勤務中、曹洞宗のアメリカへの布教活動の任務を承り、初期開教師としてロサンゼルスの禅宗寺へ渡ることになりました。そこで4年余り滞在してきました。昭和5年3月18日に横浜港を出発し、4月5日にサンフランシスコに上陸しました。船で太平洋を航海するのに半月ほどかかります。まず横浜か1週間かけてハワイへ行き、そこで給油、食料を補給した後再びサンフランシスコへ向かいます。そこから1926年、昭和元年に完成した禅宗寺のあるロサンゼルスへ汽車で向かいました。そこで現地の日系人の方々とお寺の行事や日本語学校の運営などに従事しました。ロサンゼルスだけではなく、アメリカ全土の仏教会を視察という目的もあったので、東海岸のニューヨークという街までアメリカ各地を訪れました。

日本ではまだ東京あたりに少し走っている程度ですが、あちらでは自動車は移動手段として相当普及していて、大勢の人が利用しています。自動車というものは大変便利ですよ。私はアメリカにいた時に是非運転してみたいものだと思い、アメリカ人から使い方を習いました。そして覚えたての運転で友達二人と東の果てまのニューヨークまでの出発したわけです。あれは冒険でしたね。寝袋とテントを積んで野宿したり、農家から庭だけ借りてそこにテントを張って泊めさせてもらったこともありました。車が途中で何度も故障して、直し直ししながら、アリゾナ、テキサス、コロラド、オハイオ、ナイアガラの滝など東へ東へと進むんですが、雄大な土地と景色に圧倒されました。どこまで行っても地平線しか見えないような乾燥地帯というのは日本では見たことがないですねえ。

ニューヨークでは、アパートに部屋を一部屋借りてあちこち見物し、車を整備して帰りの旅に備えました。ニューヨークというのはアメリカで一番大きな都市です。高いビルがたくさん建っていて道路が見事に整備されていて車が忙しく往来しています。ミズーリ州という中西部にセントルイスという街があるんですが、そこで行きがけに泊めてもらったアメリカ人のご家族に帰り道でもまた泊めて頂きましてねえ。ウィリアムとローレンさんというご夫婦で、これがまたすごく親切なご家族でして、街を案内してくれたり、食事をご馳走してくれたり、夜は家に泊めて下さったりしました。自分たちもしたことがないアメリカ横断の旅をしている日本人に興味があったのか、我々が旅で見たことを色々聞いてきました。それだけじゃなく、日本の事や仏教についても色々聞いてきましたよ。

私の勤め先であったロサンゼルスのある西海岸からニューヨークのある東海岸まで自動車で行って帰ってくるまで約3ヶ月ほどかかりました。アメリカというのは、まあとにかく大きな国です。いろんな人種の人がいて、髪の色も肌の色も日本人とは違います。食べる物もお米じゃなくて、パンやじゃがいもを朝晩食べてます。ビフテキという分厚い肉の塊もよく食べています。我々が食べる魚は内陸ではほとんど食べることがありませんでした。習慣も違いますから、人に会うとお辞儀ではなく、その代わりに握手を求められます。家は日本のような木造ではなく、石やレンガで出来ています。また、仕事はサインといって契約、署名をして確認するのが向こうのやり方です。日本はアメリカに比べるととても悠長で、みんながゆったりしているように見えました。』

おばあちゃんもアメリカに生まれたけど、カリフォルニアの外へは行ったことがないから、おじいちゃんの経験は貴重だったと思う。講演会をしたのは、おじいちゃんがテニヤン島から帰ってきて間もない頃だったから、幸ちゃんのお父さんと孝江おばちゃんは、みんなの前で話す父親の話を聴きながら、『この人が自分のお父さんなの?』って不思議な顔して聞いてたってさ。

(おじいちゃんの車でのアメリカ大陸横断旅行は1932年、昭和7年の春から夏にかけて行われた)


*この本は第1話から46話まで、順番に各章の最初の頭文字一音をつなげていくと、あるメッセージ明らかになります。さて、どんなメッセージでしょうか。

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隠されたメッセージ。いろはかるたの小説版。最初から最後の章まで、各章の頭文字を書き出していくと、最後にこの本の核心が明らかになります。かるた同様、お遊び感覚でも楽しめる本です。

大正3年、1914年にアメリカに生を受け、22歳までに3度も船で太平洋を横断し日本とアメリカを行き来したおばあちゃん。ロサンゼルスの大都会…

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