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いなくなった金魚の顛末記
「キンキンがいない」
早朝、娘が僕を起こしにきた。キンキンとは娘が金魚すくいでもらってきた和金で、うちの唯一のペットだ。
(そんなばかなことがあるか……)
と思いつつリビングの水槽を見ると、確かにどこにもいない。岩のトンネルの天井に浮かんでいないか、底の石に埋もれていないか。いろいろな可能性を考えて探したが、確かにどこにもいない。娘の言う通りキンキンは水槽から姿を消してしまっていた。
そうなると、水槽上部のわずかな空気穴から飛び出した以外には考えられない。水槽の横、裏、下、いろいろなところを見たが行方は知れず。気づけば家族総出で探していた。
まさかとは思ったが、少しはなれたテーブルの下を、イスをどかして見てみた。そこにはホットカーペットの上で干からびかかった、魚屋で売られている赤魚のような姿でキンキンが横たわっていた。
「あ~、キンキン」
思わず口をついて出た。家族はみんな固まり、状況を察した娘は泣きはじめた。ティッシュを1枚とり、包むようにキンキンを取り上げた。
「キンキン見てあげな」
そう言って、娘を近くに呼びティッシュをそっと開いた。
(……んっ? 微かに口が動いたぞ)
「まだ生きてるかも」
そう言うと、すぐにキンキンを水槽に戻した。
口とエラが少しだけ動いたものの、体は横向きで、ろ過器の水流に流されるまま水槽の中を漂っていた。それ以上なすすべもなく、少しずつ口の動きが大きくなるのを祈るように見つめていた。
10分ほどすると、キンキンは必死で泳ごうとしはじめた。お腹が上という良くない状態だったが、それでも必死で体を揺さぶり泳ごうとしている。乾いて動かなくなった体を水が軟化させてくれたようだった。
さらに10分ほど過ぎた後、くるりと天地を逆転させ、なんとキンキンはいつもの姿勢で泳ぎはじめた。ただ、ホットカーペットに接していた右半身がうまく使えないようで、右のエラはほとんど動かず、右のヒレの動きも非常に悪い。口からは綿のような繊維状のものを吐き出し続けている。
「最期に水に戻れて泳げただけでもよかったんだよ」
と、娘に言い聞かせつつも、家族みんながこの奇跡と、ほんの少しの希望に興奮していた。
こういう時に役立つのがGoogleだ。「金魚 飛び出し」等で調べ、金魚の非常事態に有効とされる「塩浴」を開始した。金魚は淡水魚だが、体の塩分と同じ濃度の塩水のほうが体が楽だそうだ。バケツに0.5%の食塩水を作り、すぐに移した。
当日僕は横須賀出張だったため、駅の途中とちゅうで家に電話をし、キンキンの様子を聞いた。何度聞いても「元気だ」という返事だった。
帰宅後、自宅近くのショッピングセンターにあるペットショップに直行し、状況を伝えて対処法を聞く。取り急ぎ薬浴用の水槽とエアーポンプ、薬と塩浴用の塩を購入。すぐに家に戻り、キンキンの薬浴を開始した。
ペットショップでは「これから1週間くらいが山場。内臓がやられていたら持たない」と言われた。今後1週間は治療のため絶食。バケツでは元気さを取り戻したように見えたキンキンだが、その後どんどんおとなしくなっていった。
(薬浴って、ドラゴンボールでベジータが入っていたメディカルマシーンみたいだな)
と半分ふざけたことを思いつつ、餌を食べさせてあげたい衝動を何度も抑えた。
「朝になったら死んで浮かんでいるのではないか」「最期に思う存分食べた方が幸せではないか」などの不安や思いを抱きつつ、それから数日間は夜中に何度も目が覚め様子を見にいった。
静まる暗闇の中、エアーポンプの鈍い低音だけがリビングに響いている。見に行く度にキンキンは水槽の底でじっとしていた。「浮かんでいない」。そのことで安心し、また布団に戻った。
◆
それから4か月が過ぎ、ようやく本日(5月6日)、塩浴、薬浴を終えてキンキンが元の水槽に戻った。まだ鱗の再生が途上なので、感染症等に気をつけなければいけないが、1匹しかいないので、じっくり様子を見守っていこうと思う。
浄化するための暗闇 冷蔵庫のボトルウォーター取り出して飲む あまねそう
【短歌初出】
・ネットプリント「午前三時の庭」2015
(その後かばん本誌に掲載)
※写真は薬浴開始直後のキンキン
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