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「貴女の犬になって飼われたい」

貴女の犬になりたいと願う。
犬になり、貴女に飼ってもらえたらどんなに幸せか。

毎日同じベッドで眠り、貴女が目覚めるまで目の前で静かに待つんだ。
少しずつ動き出す姿に「そろそろ起きそう」と期待が膨らみ、ベッドの中で僕の尻尾が暴れて止まらない。
そうなると、もういい子で待てなんかできなくて、貴女に飛びついちゃうんだ。

「わかった、わかったからー…おはよう」

やっと目を開けてくれた貴女は、すぐに僕の頭を撫で、にっこりと微笑んでくれる。

これだけで幸せだってわかるでしょ?
そうなんだ、幸せなんだよ。
貴女にとってのペットは僕。
数いる犬の中で、ともに生活することを選ばれた唯一無二の存在なんだ。
こんな幸せ、何にも変えられない。
僕が望んだ理想の生活…ずっと願ってた、これでいいはずなのに…

犬になった僕は、気づいたんだ。
もう二度と、貴女の肩を抱き寄せることができないって。
人間の言葉で感情を表現し、愛を伝え合うこと。
人同士、愛し合い、求め合い肌を寄せ合うことも。

家に訪ねてくる男が、貴女と口づけ首に手を回し抱き合う様子を、犬になった僕は低い位置から見ることしかできない。

どうしてもその男が憎くて、一度だけ威嚇し、牙を向いたんだ。
その人は僕のだ、離せくそったれ!

「ウゥー…ワンッ! ワンワンッ!」

大きな鳴き声にびっくりした二人は、驚いた顔で振り向いた。
ほら、早く離れろ! 噛みつくぞ!

「こら! 吠えたらだめでしょ?」

貴女は真っ先に僕を叱った。とても怖い顔で。
僕は一気に悲しい気持ちになった。
耳も尻尾も垂れ、怒った彼女から目を離せない。

「今夜は部屋に入ってなさい」

貴女はそういうと、僕を犬専用の檻に入れた。
僕は言われた通り入り、何の弁解もできないまま鍵が閉められる。

「そんな、いいのに。きっとヤキモチを焼かせちゃったんだよ」

「いいのよ、お客さんに吠えるのを許しちゃったら躾としてよくないもん」

「うーん、そうなのか。俺は犬を飼ったことがないからわからないけど、そういうものなんだね。俺も君に躾けられたいもんだな」

「じゃあ躾けてあげようか? 私好みに…」

「君好みに? いいね…寝室行こう」

二人は、僕を残し部屋を出ていってしまった。
やだ、やだよ。やめてよ、同じ家の中で。
僕はどこにもいけず、この檻の中で一人朝が来るのも待つだけ。
大好きな彼女が横の部屋で抱かれているのを理解し、
人間だった時の記憶を持ったまま、僕はここで待つことしかできない。

「……クゥーン…クゥーン…」

感情が声に出てしまう。
寂しくて、恋しくて、悲しくて。
聴覚だって人間だった時に比べ、段違いによくなっている。
隣の部屋の声なんて、すぐ真横の音のように聞こえてしまう。
僕のご主人様…ご主人様の僕は…犬、犬のペット…。

その晩、僕は与えられた毛布にくるまり、眠りにつくまで鳴いていた。

犬になり貴女に飼ってほしいと願った理想の生活は、幸せで満ち溢れていた。
人間の時は味わえなかった特別感、比べようのない忠誠、絆を日々感じることができる。

それと同時に味わう喪失感。
もう僕は犬以外にはなれない。
どんなに願っても、あの男のように貴女と同じ目線で愛を語らうことは二度とできない。
腕を回し抱きしめることも、貴女の可愛さを言葉で伝えることも。

けど僕は貴女といつも一緒だ。
男女のように始まりも終わりもない。

貴女が辛く、涙をながすことがあれば、
僕はすぐさま飛んでいき、その涙を舐めて、落ち着くまで側で温めるよ。

一生あなたに恋焦がれる。
一生あなたに恋焦がれていられる。
叶うはずの無い想い。

これは、これ以上ないほど切なくて、
これ以上ないほど幸せな、僕の恋のお話。

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