見出し画像

「今夜は月が綺麗ですね」

『今夜は月が綺麗ですね』

画面に並ぶ文字を見て、僕のものとは思えない指が送信を押した。

仕事帰り、夜空を眺める。月が美しく見える夜は決まって貴女に連絡をした。
それが三日月でも、満月でも、何でもいい。
雲に隠れていたって、僕が綺麗に感じれば必ず言葉を送った。それは僕のルーティンだった。
自宅へ着き、画面を確認しても既読はつかず。連絡なんてしなけりゃよかった、そうやって僕は闇へ急降下。ギリギリで保っていた糸は切れ果てない底へ、深く深く吸い込まれていく。
ぼんやりとしたまま冷蔵庫からビールを出し、そのままベランダへ向かう。夜空には綺麗でも何でもない月が浮かび、一連の僕の行動を慰めるように佇む。
うざい。むしゃくしゃする。
ビールを一気に喉へ流しこむと缶を置き、夜空を肺いっぱいに吸い込んだ。風のない夜。生々しい味。月が照らす影に隠れ、僕はベランダで1人、自分を慰め始めた。
夜空に嘲笑われ、月に憐れだと諭される。
飲み込まれそうな夜空の海の下、僕は一心不乱に扱いた。外は外の音がする。外の匂いがして、どうしようも無い僕の吐息がちっぽけな世界を創る。はぁ、気持ち悪い、気持ち悪いな僕は。ベランダで1人自慰に耽るなんて。なんでベランダなのか、自宅にいるのに、なぜ室内ではなく外なのか。それは、少しでも貴女と同じ空気を吸いたいから。快感で荒れる呼吸の1つ1つに貴女を取り入れたいから。世界は繋がっている。貴女はそこにいる。見てください僕のこと。ねぇ、見て、お願いします、あぁもうだめ、いく…。
吐き出される体液が飛び散らないよう先を手で包み、空高く飛び降りるイメージをして果てた。
ゆっくりと開いた手の中にあったのは、夜空に浮かぶ濁った色の雲だった。こいつのせいだ。全てこいつのせいだから。この体液はただのゴミ。ゴミのような僕が生んだ、貴女への想いそのものなのです。
僕はいつもの通り、手のひらに口を近づけると一滴残さず吸い込んだ。
全てを口に含み、舌で転がし、貴女を想う。
目を閉じれば貴女が浮かぶ。すぐ目の前に。僕がちゃんと綺麗に飲み込むまで優しく許さず見守る貴女が。そこにいるんだ。飲み込みたいのに、涙が溢れ、喉が締まって、上手く飲み込めないよ。
ほら見てて?見ててください、ちゃんと綺麗に飲み込みます。今も変わらず言いつけ守ってます。これは貴女がくれた僕の鎖だから。
嫌な味。飲みづらい。まずい。まずいですこんなの。体内に戻した体液は姿を変え、目からいくらでも溢れ、零れ落ちる。体内の水分バランスは決まっている。変わればバランスが崩れ不調に繋がる。僕はずっと、貴女が居なくなってからずっと、ずっとずっと不調なんです。直しようもないバグが。だってほら見て?泣きながら飲精し、出したばかりのペニスが硬く反応してしまう。貴女が変えたのです、この僕は今でも貴女仕様のまま。もう、仕方ないのです。
つくはずのない既読に期待を抱いてしまい、今宵もマンションのベランダに情けない変態が立ち尽くす。世界から僕を隠す影がもっと必要で、ひとつも晴れない気持ちだけが僕を覆い続ける。


--------------------

お読みいただきありがとうございます。

宜しければ、Twitterフォローお願いします。
主に新しい物語、SM、日常をぼやいています^^♥

::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::୨୧::::::::::
■Twitter
https://twitter.com/amanenoanone

::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::୨୧::::::::::


サポートいただけたら嬉しいです。 少しでも多くの癖を刺していきたいと思っています。 よろしくお願いします。