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閃光 第二話 Far out

 夢から覚めたばかりのような倦怠感だったが、カケルは自分が横たわっているのが堅い床の上だと気付いてしばらく辺りを見渡していた。

 真っ白な建物の中のようだった。先刻出会ったばかりの少女……ヒューズは、この部屋で唯一ぽつんと置かれている装置に向き合ってブツブツ呟いている。が、両手で頭を抱えたかと思うと、次の瞬間その機械を蹴り飛ばそうとして――腰の高さまである鉄の塊は彼女の向こう脛に無情にもクリティカルヒットした。

「いっってえ!!!」

「……」

 多少呆れはしたが、こちらに危害を加えるような人物では無さそうだ。

 カケルが寝転んだままじっと観察していることに気付いたのか、八つ当たりのような視線をちらりと投げてヒューズは腕組みする。

「おいお前、いつまで寝てる気だ。こんな状況でずいぶん肝が据わってるな……」

「こんな状況?」

 呼びかけられてようやく立ち上がるとぼんやりしていた頭もはっきりして、確かにカケルは改めてここが自分の家でも、夢の中でもないことを実感せざるを得なかった。目の前の女は何やら焦っている様子だったが、まあ、それでも見れば外へ出るためのドアは一つ認められたし、鍵がかかっているかどうかはともかく脱出不可能な箱の中というわけでもないだろう――と楽観視していた。

「お前はどういう理屈か知らんがいきなり俺の部屋に現われて、訳の分からない採血を始めて、その後すぐ――こうなった訳だから全ての諸悪の根源はお前だ。見たところお前は焦っているみたいだが、俺が焦る理由は今のところ無い」

 “こう”と言う前に手のひらを返して、少なくともカケルにとっては未開の地である現在地を指した。ヒューズは聞いている間も、ふて腐れたように腕組みしたり、頭の後ろで揺れる金髪の先を片手でくるくると弄ったりしながら何か考えているようだった。

「ああそう諸悪の根源だし焦ってるよ!とりあえず来い!」

 蹴り飛ばそうとしていた機械は諦めたのか、早足で部屋の入り口に向かう彼女を追いかけながらカケルは何か違和感のようなものを感じた。が、ヒューズが部屋からすんなり出たところで(結局鍵もかかっていなかったらしい)急に立ち止まったので深くは考えずに同じく立ち止まった。

「まずい……」

 部屋から出ても同じような白い内装に囲まれていて、まるで病院か研究室のようだった。ヒューズが声を潜めて呟いたので廊下の先に目を遣ったが、特に人影は見当たらなかった。

「……こっちだ」

 カケルの腕を引っ張り寄せて、ヒューズは先ほど歩き出したのと反対方向へ足早に進む。状況が分からないカケルはひとまず彼女に合わせて忍ぶようについて行く。そうしているうちに、遠くから誰かの緊張したような声と足音が聞こえてきた。

「……待て」

 指示したヒューズがぴたりと廊下の角で立ち止まる。まるでこちらが悪いことをしているかのようだ。……いや、彼女の様子からして実際しているのかもしれない。ヒューズは一度も廊下の向こうの様子を見ないまま、しばらくするとすぐに歩き出した。二人とも無言のままだったが、非常口のような扉から外へ出ると、ヒューズはやっと息をついて笑いかけてきた。

「はあ~やばかった。悪かったよ、説明するけどここじゃまだ安心できねーからもうちょっと我慢……」

 バチッと一瞬電気がショートしたような音がして、ヒューズの向日葵のような丸い瞳が見開かれる……と同時に、彼女はがくりと膝をついた。

「?!」

 咄嗟に身構えるも、何が起きたか分からないままではカケルに為す術はなかった。今し方脱出した建物の陰から、白い制服をきた大人たちがこちらに銃を向けている。一歩前に歩み出てきた長身の男を見た瞬間、ヒューズは気まずそうに目を背けた。

「ヒューズ、何をしていた」

「別に……」

「……」

 知り合いのようだ。ヒューズから絞り出されたのは意外なほど小さく弱々しい声だった。眉を顰め、男はカケルを一瞥した後もう一度ヒューズに顔を向ける。長い沈黙に耐えかねたように不意にため息が落ちた。

「……これ以上問題を起こすな。……撤収だ、すまなかった」

 後半は周りの人間に向けた言葉だった。彼らは銃を下ろすと男に敬礼してすぐに去って行く。そうしてカケルがただその様子を眺めていることしかできないでいた間に、ヒューズは糸が切れたように地面に転がった。慌ててカケルも側に屈んで様子を見たが、彼女は苦々しく舌打ちした。

「チッ……くそオヤジめ」

「……撃たれたのか?」

「あ~大したことない、ただちょっと痺れて痛くなるだけのオモチャだよ」

 でも当たれば痛いから試すなよ?と言われてカケルは肩をすくめた。ヒューズはそれ以上何も言わなかったので聞くのも躊躇ったが、おそらくは父親だろうと想像できた。しかし……実の父親が自分の子供に銃に類した武器を向けるのだろうか?

 仰向けに倒れ込んでいた彼女は両手を宙に挙げて、感覚を確かめるように握ったり開いたりを繰り返していたが、勢いよく起き上がると意地の悪い顔で笑った。

「よし!じゃあ気を取り直して行くか」

 外は日が傾いて夕焼けが空に浮かんでいたが、その空にはよく見ると遙か上空に見たことのない無数の鉄線が光を受けて煌めいていた。カケルたちが出てきた建物から突き出る巨大な塔はその空を文字通り貫いている。

 胸騒ぎがする。ただこれが不安なのか、期待なのか、その両方を抱えてカケルは夕日に照らされる彼女の太陽のような髪を見つめた。ただでさえ乱雑に結ばれたところに、地面に転がった拍子で更に乱れてお世辞にも整った様子ではなかったが。地面に座り込んだままのヒューズへ手を差し伸べて立ち上がる。一瞬面食らったような間があって、ヒューズは力強くその手を取ると愉快そうに笑った。

「お姫様ってガラじゃねーんだけどな」


To be continue...




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