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【エッセイ】お弁当

ミーン、ミーン、ミーン

朝日が顔にあたったようで、その光のまぶしさで私は目を覚ました。窓の外は雲一つない青空だ。
時間は7時。
今日も暑くなるのかな、と考えながら眠いのを我慢して起き上がる。
友だちとの待ち合わせは8時だ。準備は十分間に合う。布団から出て中学校指定のジャージに着替える。まだ誰も起きていないので、できるだけ音を立てないように気をつけて静かに階段を下りる。
そして、私は一人、食パンを焼く。朝ご飯を食べながら、ふと思い出してつぶやく。

「あ、私のお昼ご飯」

慌てて2階に上がって母親の寝室を覗く。
まだ寝ている。母の隣では4歳の妹が寝ている。
音を出して妹を起こしたらかわいそう、と思ったが、母に声をかける。今はそれどころではない。

「お母さん、私のお弁当は?」

「今日、夏休みやろ。それに日曜日やん。何かあるんやったっけ?」

最近、母はいつもこんな感じだ。
父親との離婚で頭を抱えていらだっているうえ、月曜日から土曜日まで毎日フルタイムで働いている。
そのうえ、まだ4歳で手のかかる妹の世話もある。中学1年生になった私の予定まで覚えていられないのだろう。

「クラブ。市民体育館でバレーボールの練習とか試合1日あるから、お弁当いるねん。」

「悪いけど、お母さん、しんどくて体が動かんからパンでも持っていって。冷蔵庫にクリームパンが入ってるから。」

あ、それから、と母は続ける。

「全部持って行かんといてや。お母さんたちが朝食べる分がなくなるから。」

私はしばらく母を見つめる。
すぐに声が出なかった。そして、何とか声を絞り出す。

「わかった。」

寝室の扉を閉めて、静かに台所へ下りる。
冷蔵庫を開けると、有名パン会社の5個入りクリームパンがあった。すでに封は開いていて4つになっていた。1つの大きさは私の手に十分乗るくらい。それを2個取り、ビニール袋に入れる。
冷蔵庫をゆっくりと閉め、ため息をついた。
みんなはちゃんとお弁当を作ってもらってるんやろうな、朝も一人でご飯なんて食べてないんやろうな、でも今日に始まったことじゃないしな、もう中学生なんやから平気や、と気合を入れなおす。
歯磨きしながら、正面の鏡に映る自分の顔をじーっと見つめる。晴れやかな天気と比べたくないような顔つきだ。
急に待ち合わせ時間が迫っていることに気づく。慌てて私は口をゆすいで、荷物を持って家を出た。

ピラミッド型の屋根をした市民体育館の中。他校と合同の練習も午前の部が終わり、お昼休みに入っていた。女子中学生のにぎやかな声がこだましている。
私たちの中学校の1年生グループも広い廊下に集まってお昼を食べる準備をしていた。私が周りの目を気にしながらパンをカバンから出しているとき、リーダー格の子が声をかけた。

「私ら、コンビニにお昼を買いに行くねんけど、みんなお弁当持ってきたん。」

顔を上げると、3人が立っている。
その子たちが買いに行くようだ。そうか、お金をもらってきたら良かったんや、そうすれば隠すようにパンを食べんですんだんや、気が回らなかった自分が情けない。そのときお弁当を持ってきている子がこたえた。

「お弁当あるねん。でも、ジュース買ってきて。」

リーダー格の子は私のパンを見る。

「あまねちゃん、お昼はそれだけなん。足りるん。」

足りるわけないやん、手のひらサイズ2つだ。運動した後の中学生には貧相な量だ。
でも、私は、うんとしか答えられなかった。

「なんか買ってきたるで。え、お金持ってきてないって。そんなん貸したるやん。」

私の心には何とも言えない感情が広がった。こみあげてくるものを抑える。
少し視線を落として、ありがとう、と私は言った。

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