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神在駅

「すみません。行き先を教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
池袋駅の改札を出ようとしたとき、俺は男に声をかけられた。サラリーマン風の少し頼りなさそうな三十代ぐらいの男で、なんだかとても困っているようだ。
「構いませんよ。どこへ行きたいんですか?」
まあ、急いでいる訳でもなかったので、俺は男を助けることにした。怪しそうな感じでもなかったしね。これに対して男は少し安心したようだったが、まだ不安はあるようでおどおどした態度で俺に質問する。
「あの、神在駅に向かいたいのですが、どの電車に乗ればいいのかわからなくて」
「かみあり?亀有じゃなくて?」
「はい、『かみあり』です。神の在る駅と書いて『神在駅』。今日どうしてもそこに外せない仕事がありまして、今日中に行かなければならないのですが、電車を乗り過ごしてしまって。ここからどのようにいけばいいのかわからないのです」
心底困った様子の男に俺も困ってしまう。だって『神在』なんて駅は聞いたことないし、どこにあるかもわからないから行き方もわからない。
「とりあえず、普段はどんなルートで神在駅に行ってるんですか?」
悩んだ末とりあえずどうやってこの男が神在駅に行っているのか聞いてみる。すると男は「そうですね」と思い出すような動作をしつつ話し始める。
「少し複雑なのですが、まずやみ駅で乗車して月の宮駅で乗り換えし大宮駅に向かい、そこでまた乗り換えてひつか駅で降り、そこから別の路線で5駅目にあるんです」
「うーん。パッと出てくるのが大宮駅しかないなぁ」
考え込む俺に、男は「大宮駅でいいです!そこでいいので行き方を教えてください!」とすがるように頼んできた。自信はなかったが知っている範囲で「埼京線か湘南新宿ラインの下りに乗れば戻れますよ」と言うと、男は心から安心した表情で。
「ありがとうございます!よろしければこれをお守りとして使ってください!」
と、俺に何かが入ったポチ袋を手渡し、足早に去って行った。
男が去った後、俺はポチ袋の中身が気になってそっと開けてみた。中には水晶のように透明感のある、青い小石が入っている。
と、ここで俺はあることに気が付いた。
あの男が言っていた「月の宮」って、都市伝説になっている有り得ない駅だよな?
それだけじゃない、「やみ駅」はネットで有名なきさらぎ駅の隣駅だし、「ひつか駅」もネットの怪談としてみたことがある。
俺はすぐさまスマートフォンを取り出して「神在駅」で検索をかける。当然のようにそんな駅存在しなかった。
あまりの事実にしばらく背筋が凍って固まっていたが、よくよく考えてみれば俺はあの人を助けたわけだ。悪いことをしようとするのはおかしい。そう信じたい。
という事は、この石はお礼の品か?
まあ、いずれにせよ大事にするか。
俺は小石の入ったポチ袋を大事にカバンにしまい、池袋駅を後にした。
俺が思っていた「大宮駅」があの男の思う「大宮駅」と同じであることを祈りつつ。
不幸なことが起こらなければいいけど。

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