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No.1 ルビー

1.ルビー

2018年に東京ミネラルショーで買った一品。
色味的にはピンクサファイアに近い気がするが、一応「ルビー」として売られていたのでルビーとして紹介する。クラックは目立つが色味や輝きは良い。むしろクラックがあるがゆえに独特なきらめきを味わうことができる。
しかし、残念なことにこのルビーは産地不明の状態で売られていた。当初の私は「ルースだし産地はいいか」と気楽に買ったのだが、だんだん「産地、わかってた方が良かったかも」と後悔の念が現れて、長い間ルース箱の隅に眠っている状態だった。
時が経ち、色々と鉱物についての知識が増えてきたころ。宝飾品に使われる宝石は鉱物標本のように産地の明確さより、その石自体の美しさの方を重視すると知り、ルースについてはさほど産地の明確さをこだわらなくなった。そのためこの時気まぐれで今回のルビーを取り出して眺めてみた。
まあ、産地不明という点を除けば私的に満点のルビーだ。もちろん産地が分かるに越したことはないが、玄人のバイヤーでも産地にこだわらずに仕入れたり、大きな外国のマーケットでまとめて仕入れたりすることもあるらしい、なので一概に産地が分からないからと言って価値が下がるわけではないようだ。中にはピンクのラメが入ったようなクォーツの「ピンクファイアークオーツ」のように、やたらに採掘されないようあえて産地を伏せている鉱物もある。
さてさて、前置きが長くなってしまったが、今回のルビーを眺めているうちに頭に疑問が浮かんだ。
「このルビー、加熱なのか?非加熱なのか?」
ルビーやサファイア、鉱物学上で「コランダム」と呼ばれる鉱物は、黒っぽさを消すために加熱を行うことが多い。そもそも宝石の黒ずみの原因は鉄など鉱物の中に入り込んだ内包物、専門的な言葉で言うとインクルージョンが原因であり、これを溶かしてしまう事で黒ずみを取っているのだ。つまり加熱をすればインクルージョンは消えるはず。しかもコランダムは1300℃を超える高温で加熱されることも少なくないため、インクルージョンは99%残らないと思うのだが、このルビーにはインクルージョンが残っていた。
写真ではわかりにくいのだが、このルビーにはふちの近くに茶色いインクルージョンが数点ある。最初私は色味的にタイのモンシュー産の加熱ルビーだと思っていたのだが、茶色のインクルージョンを筆頭に高温加熱による特徴が見当たらないため、ひょっとしてスリランカ産の非加熱なのか?とやきもきしていたのだ。
そんな中、行きつけの宝石店が本店の方で専門家を招きルースの特売をするという情報を得た。私は普段支店の方に通っているのだが本店は家から少し遠い。なので多少悩んだが、気分転換に丁度いいしルビーのことについて何かわかるかも、と、今回のルビーを持って本店へ向かうことにした。
店につくと顔馴染みの店員さんに「よく来たね!」と驚かれた。まあ、支店にしか現れない人物が急にやってきたのだから、当たり前である。それでも店員さんに温かく迎えられ、私はルースを目の保養と言わんばかりに眺めつつルースを2点購入。
そして、あくまで「ついで」という雰囲気を出しつつ、私はあのルビーを取り出してどうなんでしょう?と聞いてみた。
結果は「鑑別にかけないとわからない」とのこと。
専門家曰く「加熱でもインクルージョンは残ることがある」らしい。
確かに冷静に考えてみれば黒ずみやくすみが酷くなければ1000℃より低い温度で充分である。そうであればルチルやヘマタイトなど高温でないと溶けないインクルージョンは残る。実際アクアマリンやタンザナイトの黒ずみは800℃ぐらいで加熱して落とす。こうすると黒ずみやくすみの原因になるミクロなインクルージョンだけを落とすことができるので、そのほかのほとんどのインクルージョンには影響が出ない。アクアマリンなどの色味は中に入った微量のインクルージョンの影響なのであまりインクルージョンを落としすぎてもいけないのだ。一方ルビーなどのコランダムは融点が高いので、どんなに黒に近い原石でも高温でガンガン加熱し極限までインクルージョンを落とすことができるのだが、もしかしたらこのルビーは結構質が良い原石であまり強い加熱をしなくとも美しくなったのかもしれない。
ちなみにこのルビーはおよそ大豆ぐらいの大きさで、2000円という安さで売っていた。もし非加熱ならもっと高い値を付けてもよいはずである。
最終的に私は独断で「産地は不明だが加熱は軽いルビー」と結論づけた。
もちろん、素人がありったけの知識や文献を駆使して導き出した結論なので間違っていても文句はないが、まあ、どっちにしても可愛くて好みのルースなので大事にしていこうと思っている。


【補足】
①クラック
鉱物の結晶が作られていく過程で中にできたヒビ。宝石にする上ではマイナスポイントだが、私はクラックがある宝石も魅力的だと思っている。
②ルース
鉱物を宝石の状態にカットして、そのままの状態の物。ここから金具などをつけてジュエリーにするわけだが、私はこの状態でコレクションしている。
③産地
一般的に鉱物標本は地学資料として需要があるものなので、どこで産出したのか?というのが非常に重要になってくる。なので鉱物標本の場合は産地が分かっていないと価値が大きく下落してしまう。一方ルースに関しては装飾品としての需要が高いため産地よりも色味や輝き、透明感などが重視される。が、場所によって石の品質や処理の必要性がおおきく変わってくるため、産地によって値段が左右されることもある。
④コランダム
実はルビーもサファイアも鉱物学上は同じ「コランダム」という鉱物で、ピンクっぽい赤のコランダムがルビー。ピンクっぽいオレンジのコランダムがパパラチア、それ以外は全部サファイアである。
⑤インクルージョン
例えばルチルクォーツの中にあるルチルがクォーツに対するインクルージョンという位置づけである。宝石の美しさを損なうようなインクルージョンはマイナスポイントだが、天然かそうでないかの判別材料にもなるのでインクルージョンがある宝石が一概に悪いとは言えない。
⑥加熱
ちなみに、アメジストを加熱してシトリンに変えるなんて加工方法もある。
こうした加熱による加工のことを「加熱処理」と呼ぶ。


【参考書籍】

「決定版 宝石」
諏訪恭一 著  世界文化社  2013年

「ネイチャーガイド・シリーズ 宝石」
ロナウド・ルイス・ボネヴィッツ 文
伊藤伸子 訳   化学同人  2015年

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