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神奈川のど真ん中で遭難した思い出


#フォロワーが体験した事が無さそうな体験
というほどでもない。

それは寒い冬の日のこと。
ちょっと中途半端な場所に飲みに出ただんなから、迎えに来てほしいと連絡が入った。(最初から言われていた)
赤ん坊だった上の子を連れわたしは車を出した。

当時車にはナビがなく、だが一本道のはずとたかをくくっていた。
しかしどうやら道を間違えたらしい。
引っ越してきたばかりの神奈川県民ではないわたし、湘南のど真ん中で道がわからなくなった。

これはまずい。
とりあえず路駐できそうな場所を探し、道を曲がって高架下の暗い場所に停めた。
何だか薄気味悪い場所だった。

地図を確認し、再出発しようとキーを回すと、キュルッ!カシュー!という音がする。バッテリーが上がってしまったのだ。

何か奇妙な力が働いて、悪い方へ悪い方へとわたしを引き込んでいるようだった。

凍るような寒さ、エンジンがかからなければ赤ん坊も凍えてしまう。
あるだけの毛布と服でくるむと今度は自分が寒くなる。慌ててだんなに電話した。

場所を伝えようとしたが…わからない!外に出て住所表記を探してみたが、そのあたりには不思議なほどない。子供がいるので、車を離れるのもはばかられる。
当時はガラケー、GPSもない。
吸い取られるような沈黙が落ちてくる。暗闇が四方から忍び寄ってくる。

ここはどこなんだろう?

絶体絶命のピンチ、あれこれ説明を試みる。こう走って来たら、線路の下を一度くぐって、二つ目の線路高架下…。だんなは、久しぶりに会った学生時代の友人と飲んでいたのだが、皆家がばらばらで、送ってあげようと約束した所だったらしい。

そんなに遠くはないはず。
あそこなんじゃないかな。
でもそんな所あるかな…。
押し問答をしている間に、充電の通知が赤くなっているのに気が付く。

まずい。携帯の電池が切れる!
切れる前にJAFを呼ばないと。
…………。来てもらうにしても、住所が、わからなーい!!

携帯の電源はとうとう切れてしまった。
真っ暗な中に、電話も出来ず、居場所も伝えられずにわたしは赤ん坊と取り残された。

遭難してしまったのだ。
神奈川のど真ん中で。

凍えるような寒さだった。
赤ん坊を連れて、人家のありそうな所まで歩くべきか。そして住所を教えてもらい、電話をかりてJAFを呼ぶ。それしかない。
しかし、時間はすでに0時を越えていた。途中で変な人に会っても困る。

途方にくれていたとき、向こうから赤いランプが近付いてきた。
警察のパトカーだった。
正直、飛び上がるほど嬉しかったとは言えない。
その時はもう、起きる何もかもがあやしく思えた。
警察は二人連れで降りてきて、「どうしたんですか」と尋ねる。

わたしはあれこれ説明してみようとこころみた。
飲み会に出た主人を迎えに行こうとして、道に迷って…。しかし、あとで地図を見て思うが、どうにも迷いそうもない道だったし、わたしも地元の人ならばそう思うだろうなと薄々わかっていた。しかしここで、私神奈川県民じゃないんですと言っても言い訳がましくて意味がないように思えた。

地図を見ようと思って路駐する場所を探してとめていたら、バッテリーが上がって…。路駐する場所にしては、ずいぶん本線からはずれた場所だった。赤ん坊を抱っこして歩いていくのを危ぶむほどの長さ。
JAFを呼ぼうと思ったけど、住所がわからなくて...。主人を呼んだんですけど、○○駅から歩いてくるはずなんで、時間がかかっちゃうと思うんです…。
そんな風に説明しながら感じたが、警察はまったくわたしの話を頭から信用していなかった。

何度もぐるぐる車の周囲を回って、何かを確かめていた。
あとで思えば、自殺を疑っていたような気がする。しかしホースなどわたしは持っていない。しかもバッテリーが上がってしまっているのでエンジンをかけることもできないので排気ガスも発生しない。

警察も、エンジンを何度かかけてみて、バッテリーが上がってしまっていることを確かめた。JAFを呼ぶしかないでしょうね。あの、ぱちっとかしてもらえません?はい?電気をつないで分けてもらえたら、エンジンかかると思うので…。警察は黙っている。私は悟った。完全に疑われている!!

エンジンがかかってはいさようならと放免してはくれなさそうだ。
助けて~~~~!!!
誰かーー!!

そのとき、パトカーが来た方向から、誰かが歩いてくるのが見えた。
だんなか!?
しかし、ちょっと確信が持てない。なぜなら、人数が三人だったからだ。
横並びに並んで、背の高い人影が三人。焦る様子もなくゆっくりと、ポケットに手を突っ込んで暗闇の中を歩いてくる。
真っ暗なので顔は見えない。かすかな月明かりに影が長くこちらに向けて伸びている。

ギャング!?

どう見ても、映画の中のギャングが復讐のために今から行くぞというシーンにしか見えない。
警察もかなり緊張したように見えた。
途中から、だんなの皮ジャンを見分けて私は強いて明るく「来ました、来ましたー!(ほらね!ほらね本当でしょ!の気持ちをこめた)」と叫んでそっちに走って行った。警察は最初はわたしを止めようとしていたし、だんなたちが近づいて来ても、ずっと警戒を緩めないまま厳しい面持ちでいた。
わたしも内心では、麻薬取引の現場みたいにしか見えないことはわかっていた。

しかし、現れたのは実にのんきな赤い顔をした酔っぱらった三十代の男性たち。しかも、基本あまり…そのう…こんなこと言いたくはないが、背はあるが体つきは貧弱でどちらかというとオタクっぽく、どこからどう見ても無害極まりない善良な顔つきをしている。こんなこと書いてはいるが、その時はその無害なオタクっぽさをどれほどありがたいと思ったかしれない。

一人のだんなのお友達のかたが、のんびりと「ああ~、こりゃ上がっちゃってますね、バッテリー」と言う。
後で聞いたところ、だんなは友達と談笑しながらのんびり歩いていたらしい。かなり焦ったのは、わたしの携帯の充電が切れたらしいと気付いた頃からだったそうだ。

警察の赤いランプを見て、事情聴取されているなというのはわかったらしい。警察は警戒をだいぶといていたが、三人とも綿密に事情聴取されていた。
だんなが電話してJAFが来てくれたのでエンジンがかかった。(警察は最後まで電気を分けてくれなかった。してはいけないという規定があるのかもしれない?)

警察はわたしの説明とだんなたちの説明が一致したことを確かめ、エンジンも無事にかかったので、やっと納得をしてくれてパトカーは去っていった。

ヘナヘナとその場に崩れ落ちそうなぐらい疲れていた。上の子がまったく起きる気配なく、すやすやと眠っていたのが唯一の救いだった。

今日、あの時の事を覚えている?とだんなに聞くと
「忘れるわけないだろ!場所まではっきり覚えてるわ!ていうか通り過ぎるたびに思い出すわ!!あんなこと普通起きないよ!」
と言われたのでこれを書いた。



おわり




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